「・・・おはよう、ございます・・・・?」



渚はぎこちなく首をかしげた。





「何故にお前は首をかしげている」



有ははき捨てるように渚に言った。




「主を迎えるのは当然だろう・・??」



有はにやりと黒く微笑んだ。






くそ。この財閥息子め。





『生涯契約』という、ものすごい契約を成立させてから半日。




渚は結崎家へ有を迎えに来ていた。









実は外出前、




「ほら、契約も成立したんだし、有くんのとこに迎えにいきなさい」




朝食後、渚は薫の言葉に絶句した。



なんで、あんな無口のひねくれ者に・・・っ



渚は心の中で拳を作った。


心の中での渚の両腕にはぴきっと筋が入っていることだろう。






「っ・・ほら、早く行くわよ。学校に」



渚はくるっと後ろを向くと門のほうへ歩き出した。





「おい。野蛮女。何処へ行く」



有はメイドから鞄をもらうと肩の後ろへ鞄をまわした。





「な、なに・・・っ??!」



渚はいらいらしながら振り返り、有を見た。






「歩いて間に合うか。馬鹿者。俺の車に乗れ」





ききっ・・・っ




とタイヤの音を立てて、黒の高級車は止まった。






「行くぞ。俺の後に乗れ」




有はメイドからの「いってらっしゃいませ」の言葉に片手を挙げると、

執事によって開かれたドアから車に乗り込んだ。






「・・・っ、わかりましたよ・・っ」



渚は有のあとに続いた。







「いってらっしゃいませ、ぼっちゃま、渚様」






「・・え?」




ドアを開いていたのは昨日、何かと世話になった石貫だった。





「あ、石貫さん!!」




渚はびっくりしながらも微笑んだ。





「・・・石貫、行ってくる。」




前を見つめたまま有はぼそりと口を動かした。




「はい。お気をつけて」




石貫は微笑んだ。






「渚様。ぼっちゃまをよろしくお願いいたします」




ぱたんと静かに石貫は車のドアを閉め、深々と頭を下げた。





「は、はいっ!!」



渚は慌てて答えた。




 忘れていた。


 契約上、渚は有を守りぬかなくてはならない。





渚は前を向いた。




エンジン音の後、静かに車は走り出す。










「おい、渚」



有は相変わらず前を向きっぱなしだ。



「なによ」



渚はぶすっとしながら答える。











「俺と付き合え」









「・・・・はっ??!」





静かに結崎家の黒い高級車はいつもどおり、

学校への道を走る。




渚の驚きなんかには目もくれず。



「ひとつ。

結崎家は初代からの財産を有効に使い、

後世に結崎家を生き残らせるよう、

責務を十分に果たすこと」





「・・・それは承知しています」



有は真っ先にに答えた。

そして少し下を見る。





・・物心つく前から言われていたかもしれない

自分の運命が決まったようなこと。


自分は結崎家の跡取り。


結崎家の後世の為にも一生懸命

継いだときは責務を果たさなければならない。








ふと、静まった会議室。


石貫は執事の仕事柄か微動だにせず、

まるでこのことは知っていたかのように

表情も変えることもない。




俊平も沙織も目はきりりとしているし、

航太郎は改めて契約を聞きなおすように耳を澄ませ、

薫はほのぼのした中でもいつもとは違って

真剣な眼差しを見せ、始めてみるような顔つきをしている。






その中、渚は有の様子がおかしいことに気づいた。



いつものどうどうさがかけているように見える。





「よろしい。」



渚のおじいちゃんは有を視界に入れてこくり、と頷いた。






「ひとつ。竹祭家は全力で結崎家を守ること。」





渚は固まった。





「竹祭家が・・・結崎家を??」




渚は突然の自分の置かれている状況を疑った。

驚いて身体はピクリとも動かない。


まるで石のようになったようだ。

思考も全くと言っていいほど働かない。


なぜ、守らなければならないのだろう。






「そしてその守りは

例えるなら忍びの如く、

裏で守り抜き通すこと」



もう、渚は硬直したまま動かない。


有も女今日が理解し切れていないようだ。

下を向いたまま動かない。






「そして最後の契約内容。」



渚のおじいちゃんはひとつ息をついた。






「ひとつ。

この契約内容は絶対機密。

外に漏らしてはならない。」




「そして外に漏らされた時、

結崎家は財閥を即、解体。

竹祭家も防衛会社業界から足を引く」





高校1年生の春、

とあるお金持ちの跡取りのふたりは

『生涯契約』という

ありえない形で将来の花が開花した。





このふたつの花が枯れることは許されない。









結崎家の次期跡取り息子、有と


竹祭家の次期跡取り娘、渚は




ゆっくり俊平の手で開かれた朱肉に

ふたりは向かい合わせで同時に人差し指を付け、







約、3秒後。

渚のおじいちゃんの




「条件はそろった。

『契約成立』じゃ」



の一言で契約書に朱肉でふたつの指紋が刻み込まれた。


渚と有の視線が戸棚にひきつけられる。



丁寧に手を動かしながら石貫は戸棚を開いた。





きぃ・・・・っ



古い木がこすれあって独特な音を立てる。









そこにはレポート用紙ぐらいの大きさの薄い木箱が立てかけられていた。







「木箱はちなみに最高級の漆を何層にも塗っている」






慎重に石貫はその薄い木箱をテーブルの真ん中にことり、と置いた。






「こちらになります」




石貫が右手に左手を添えて鍵を俊平に渡した。





「ご苦労。」



俊平はひょいっと鍵を受け取ると

すばやくスーツの内ポケットにしまいこんだ。









すばやい動きだが、

何故か丁寧な動きに見えるのは気のせいか。



渚は一瞬の動きに気をとられる。











「ここからは私の仕事なんだぞ、渚」




ごほん、と航太郎は咳払いした。





「有くんもぜひ、見ていて欲しい」





「・・・・はい。」




航太郎は内ポケットからシルクのハンカチを取り出した。








「なんだ、まだそのハンカチーフに包んでいたのか」



俊平はくすりと笑った。





「ああ。父さんの形見のひとつだからな」






「形見と言うな。ばか者。わしはまだ生きとる!」



渚のおじいちゃんは少し怒鳴った。





「すみません。父さん。

父さんが引退のときに一緒に渡してくれたものですから」




航太郎はほのぼのと話した。


昔を思い出しているのだろうか。

とてもやわらかな顔をしている。





「鍵と一緒に渡されたので。大切なものですから、つい」





男にしては綺麗な指先で慎重にハンカチを開く。







綺麗な銀の鍵が現れた。

くすみもなく、綺麗に輝いている。

丁寧に年中磨かれているようだ。



上には竹祭家の紋章が。

下には結崎家の紋章がある。





結崎家が持っているのは金の鍵で

上には結崎家の紋章。



竹祭家が持っているのは金の反対の銀の鍵。

そして紋章が二つ。

上は竹祭家の紋章になっている。





「鍵がふたつあるのは、この木箱があるからだ」




航太郎は銀の鍵を取り出した。





腕を少し伸ばして真ん中の鍵穴に鍵を指す。






「石貫さん、戸棚から特殊の朱肉を」




「はい、かしこまりました」




石貫はすっと動いて、戸棚の隅から丸い薄い箱を取り出すと

木箱の脇に静かに置いた。








「さぁ、渚。心臓のある左側の人差し指を出したまえ」




「有くんは右側の人差し指・・・右人差し指を」






渚はわくわくしながらずばっと左腕を伸ばし、人差し指を出した。




有はスーツの袖を少しまくり、

遠慮がちに右腕を伸ばして人差し指をぴっと伸ばした。




運動好きの少し日に焼けた左人差し指と

無駄の無い白い細い右人差し指が

向かい合わせに伸ばされた。





「これから俊平が朱肉をふたりの真ん中に置く。

そしたら、人差し指に朱肉をつけてくれ」




航太郎はくいっと鍵をひねる。





かちゃり。


静かに部屋に音が響く。





中には何十枚もの上質紙が重ねられていた。




これだけの数、よく傷もなく保存できたものだ。




ぱらぱらと黄ばんだ高級紙を航太郎がさわった。






「これは初代からの契約書だ。

俊平と俺の指紋も当然、ある。父さんのもだ」




石貫は何処からか高級紙を

渚と有の真ん中、朱肉の隣に置いた。





「その高級紙は特注な紙で、

結崎家と竹祭家の紋章の透かしがはいっております」




音もなく、紙はふわりと渚と有の間に影を落とす。





「それぞれの向きから人差し指をのせてくれ。」



「その下は各一家の紋章の透かしがある。」




俊平は静かに二人に説明した。









「・・・じゃぁ、俺が先に」




有は人差し指を朱肉にゆっくりつけて紙にのせようとした。







「待ちなさい!有!!」




薫との再会から口を閉ざしていた沙織が急に声を上げた。







「結崎家と竹祭家、同時に指紋をつけるのが条件のひとつなのよ」





「だから、初代条約成立の日、今日4月6日に竹祭家一行様方を招待したのよ」



沙織は俊平の腕に両手を添えた。









「ひとつ。条約が成される時、

主は従者をこの会議室に招待する。」



渚のおじいちゃんはぼそぼそと口を動かした。

だが、不思議と声は透き通ったように部屋に隅なく広がる。








「ひとつ。ふたつの鍵をそれぞれ持ち寄り、

戸棚の開きを一族全員で見守る。」





「・・・おじい・・ちゃん・・??」





「ひとつ。朱肉は代々初代から使われる朱肉、

透かし入りの高級紙を使うこと。」



渚のおじいちゃんは渚にかまわず続けた。



「契約内容の説明をされているのよ」




薫は渚と有のふたりにぼそり、と伝えた。


ふたりは改めて口を閉じる。





「ひとつ。先代、又は先々代は

次の代の者に契約内容を説明すること。」


渚のおじいちゃんの声は会議室の隅々まで

響き渡る。




契約内容が説明され始めた。