格好いい弱虫の曲「HINOMARU」〜弱虫をたたくのは?
平成時代の最後に、
日本社会の実態がまた露骨に見えてきた。
RADWIMPSの曲「HINOMARU」(2018/6/6発売)に対して、
偏向した検閲的(組織的?)な批判・非難が出て、
RADWIMPSのコンサートを妨害する組織的なデモもあった。
曲「HINOMARU」批判のこれらの動きは、
日本、日本人のアイデンティティーを持つ普通の多くの「日本人」、
彼ら、静かな大衆=サイレント・マジョリティの気持ちに不愉快な刺激を与えた。
(ここ半世紀以上、日本的家族主義が崩壊して核家族化し、
また、希有な、不安定な日本型「平和」を構築するために、
特に1970年代から「日本」「日本人」「国民」の自覚は失われつつあり、
特に中高年層は超・静かな、超サイレント・マジョリティになってきている…)
【参考】
バンド名の「RADWIMPS」は、”RAD”は”格好いい”、”WIMP”は”弱虫”なので「格好いい弱虫」になる。
曲「HINOMARU」には、
「強き風」「遙か高き波」の歌詞が数回出てきて、
日本語を正しく認識できる人ならば、
人災よりも東日本大震災等の災害、今年の西日本の洪水災害などの
天災をイメージしやすい。
偏向した妄想的な先入観がなければ、
人災、「戦争」「軍歌」はまったくイメージできない。
この種の偏向的な批判をきっかけにして歌詞から想像を拡大したしても
人災でも天災同様に「国民の生命・資産」を防衛する普通の気持ちしか見えない。
RADWIMPSの曲「HINOMARU」は6/6に発売され、
ロシアでのFIFAワールドカップが6/14から始まったので、
日本チームの応援歌になることもイメージして発売された。
曲「HINOMARU」は、
日本、日本人のアイデンティティーを持つ、
静かで謙虚な大衆=サイレント・マジョリティのために、
威厳のある歌にしただけだが、
屁理屈のスローガン(反日?)が背後にある検閲的な大きな声が出て、
この非難に対峙できない不自由な日本社会を露骨に見せた。
(大声で圧力をかける少数派=マイノリティの意見(ほぼ違憲の意見?)、
この意見(ほぼ違憲)を過剰に尊重することで
歪んだ民主主義社会になっている実態…)
ここ半世紀以上、
東西冷戦時代以降、
日本独特の東西・中立化路線で
特殊な非武装中立的な「平和」を実現した。
(普通の国なら再軍備したが勇気のある大和魂は再軍備せずに実現…)
東西冷戦終焉後、世界が変容しているが、
今もこの路線の変換、転換を模索中だ。
(米中冷戦時代に入り、米中・中立化?…)
このメイン路線の副作用(いわば事故・騒音・雑音)として、
日本、日本人のアイデンティティーが劣化し希薄化している。
さらに、
同時に反日化路線が社会で延びやすくなって
普通の国家責務である「国民の生命・資産」の概念も劣化して、
副作用も受容する日本独特の自虐的な土壌ができているようだ。
実際、
曲のタイトルを「日の丸」としないで「HINOMARU」にし、
歌詞でも国旗を「あの旗」と表現しており、
また、国旗を「意味もなく懐かしくなる…」にしている。
まさしく、
普通に「日の丸」「国旗」を曲名・歌詞に出せない日本社会、
なかば言葉・メロディを検閲している日本社会がつくった歌になる。
ここ半世紀以上かけて日本社会は変容している。
統計等でも数値化しようとしない概念「国」「国民」の品質、重さは、
間違いなく劣化して希薄化しつつあり、
普通に会話などで言説化できないタブー(禁句)がたくさん生まれた。
音楽上(歌詞・メロディー等)、文学上でもタブーにするか、
隠喩などで隠蔽し、
直接的な表現を避けて誤魔化さざるをえない基本概念がでてくる。
その結果、
当然、
文化の進化(深化)を制約することになる。
異様な批判・非難の言説から、
この曲で「傷ついた人」がいることを
この曲の表現者、音楽家が信じて、
傷ついたという過剰な反応に過剰に反応して
謝罪してしまった。
表現者自身も傷ついているのだ。
この謝罪は、
過剰な「意見」の受容だけではなく、
「表現の自由」を侵害したことになるので、
この小さな罪?の謝罪によって
ほぼ大罪になる「違憲」(憲法違反)、
歴史に残るなかば大罪をつくることになった。
表現者は謝罪を強要された被害者になり、
静かな大衆=サイレント・マジョリティも被害者にして、
加害者(誰か?)による準・違憲行為を仕立てたことになる。
(謝罪しなければ加害者・被害者・大罪が生まれなかった…)
【参考】ブラジル・FIFAワールドカップと椎名林檎「NIPPON」(2014/6/11発売)との比較
4年前、ブラジルでのFIFAワールドカップがあった2014年、椎名林檎「NIPPON」(6/11発売)がでた。お金が豊かなNHKはサッカー番組のテーマ曲にしたことでシングルCDで「NIPPON」を発売した。
この曲には、歌詞に”勝敗”があるので明確にサッカーの試合をイメージしているが、”勝敗はたぶんそこで待っている”になり、また、勝つための気持ちをあらわす”静かな炎”には感情を抑制するクールさが出ている。歌詞に”死””万歳”が出てくるので、異様な偏向のある検閲的な先入観に支配された脳内では、曲「HINOMARU」よりも「戦争」「軍歌」を連想しやすい。
4年前の「NIPPON」よりも
今年の「HINOMARU」を加害者が過剰に攻撃したのは…なぜか?
「NIPPON」が女性の椎名林檎の歌でNHKが連携しているのことで攻撃が弱く、
「HINOMARU」を発売中止か謝罪させることができる弱者だと考えたからか…。