日本で「歩く人」は転ぶ?〜映画「ジャコメッティ 最後の肖像」 | あらやす日(本)誌

 日本で「歩く人」は転ぶ?〜映画「ジャコメッティ 最後の肖像」

19世紀後半〜20世紀初頭で、

日本はアジアで最初に民主化された国になった。

ほぼ同時に

植民地主義の欧米列強諸国と対等に対立できる、

アジアで最初の強国になった。

 

【参考】

・アジアで、植民地主義の欧米列強諸国と対等に振る舞うために、江戸時代末期に「日本」国の基礎づくりがはじまった。そのとき「国」の基礎をつくったのは、最後の徳川幕府幕臣・小栗忠順。小栗忠順は日本最初の会社(当時は「商社」の名前)をつくり、大型船を建造できる横須賀造船所(富岡製紙所の基礎にもなった日本最初の大工場)と海軍の基礎をつくり、明治以時代降の商・工業の基礎をつくった。

1860年、小栗忠順は、武士として最初で最後に世界一周して世界から日本を客観的に見ることができた。江戸時代で日本は地方(藩)分権的な地方自治重視の国になり、欧米列強諸国と対等できる「国」の観念が希薄だった。当時、国力の発源が分散化して弱体化していることを小栗忠順は認識していたのだろう。しかし、江戸幕府の統治体制の内部改革はできずに明治時代になる。

・司馬遼太郎が「明治の父」と言った小栗忠順は、娘の名前を「国子」にして、この「国」には明治時代以降に確立した日本の国家観のイメージがあったと思われる。小栗国子は大隈重信(妻は小栗忠順の親類)の養女になり、東郷平八郎は日露戦争の個人的な祝賀会に小栗忠順の親類や娘の国子を特別に招待している。

・「日本」の基礎をつくった小栗忠順は、明治政府によって敗者の最後の幕臣として危険視され、最後にあいまいな罪で処刑されたことで、その存在は歴史的に、社会的に否定されやすく、小栗忠順を主人公にしたドラマ化・映画化は行われていない。

 

 

もし、

日本が存在しなかったら…

アジア周辺に欧米列強の植民地が拡大して

アフリカのような悲惨な歴史を残したかもしれない。

 

この時代、

日本は良い姿勢で堂々と歩き出したが、

日露戦争に勝った頃から、

日本は左右を見ずに独歩的に歩き出した。

そして、

間接的に欧米と対立し、

直接的にアメリカと対立してつまずいた。

 

日本は20世紀初頭から、

共産主義・社会主義にも洗脳されたアジアで最初の国になり、

日米戦争の敗戦後、

20世紀後半、東西冷戦時代から旧・西側圏内にいながら

日本は左傾化して東西冷戦を克服した。

東西冷戦時、

東西の圏境にあった日本列島は太い中立的な境界線そのものになって、

非武装中立地帯として、

「軍」も「核シェルター」もない無防備な不沈空母として、

アメリカの傘の下で冷戦時代を生き抜いた。

もし、

日本が存在しなかったら…

アジア周辺は共産主義化して中国、旧・ソ連の属国化になったただろう。

 

 

ここ半世紀、

欧米列強に抵抗したアジア最強の日本の肝(国益尊重・軍備等)はほぼ抜かれたが、
東西冷戦の中立化政策のために、東西交流の場にするために左傾化したことで

旧・東側との極端な対立は回避できた。

 

今まで約70年間で、

「軍」も「核シェルター」もない世界で希な「奇妙な平和」、

戦争を完全に否定する「非現実的な平和」のテーマパークを構築して、

ガラパゴス(下記)的な日本列島ができあがった。
(東西冷戦時に東西の交流を選択したことから反ガラパゴス的だが…)

 

 

さて、

はて、
東西冷戦終焉後、

非民主主義国の中国がアジア最強の軍事大国になった今、

日本の弱体化が明確に見えてきている今、

これからはどのようにこの世界で歩くのか?

 

ここ半世紀以上、

日本社会は左傾化して奇妙な歩き方をしてきた。

この日本の歩き方は、

東西冷戦時代は、

地球のように中心軸(社会の核)まで左傾化させたので、

環境に適応した歩き方だったようだ。

 

東西冷戦の終焉で、ここ四半世紀、

左傾化していた道は平坦になりつつある。

 

【参考】

・上記は彫刻家ジャコメッティの「歩く男」。少し左傾化しているか?不明。

・フランス留学時にジャコメッティと親交した哲学者の矢内原伊作は、ジャコメッティの油絵や彫刻などのモデルになった。帰国時にモデルになった作品が完成できずに、2ヶ月間以上帰国が遅れたこともある。帰国後も矢内原氏はたびたびフランスに行き、ジャコメッティのモデルの仕事をした大正生まれで昭和の時代をすべて生きて、1989年、平成元年に逝去した。サルトル等のフランスの実存主義を研究した矢内原伊作が背景にしていた「昭和」の姿勢、雰囲気に複雑なものをジャコメッティは感じていたのかもしれない。

・未完成から作品化へのこだわりと情熱をテーマにして、矢内原伊作をモデルにしたかのような映画「ジャコメッティ 最後の肖像(原題:Final Portrait)」(下記)が2018年の新年早々、公開される。

 

 

 

東西冷戦時代が終わって四半世紀、

20世紀が生んだ共産主義の悲惨さ

=自滅的に解体した共産主義国の実態が明確に見えだし、

見えにくいグローバリズム(国益よりも守銭奴優先?)が広がり、

東西だけでなく南北でも蔓延している、

 

この約半世紀、

「日本」が今まで歩いた左傾化した道を振り返れば、

ベトナム戦争時にアメリカ支援の参戦をしなかったことだが最大の成果だろう。

(日米同盟下で日本国内の米軍基地は後方支援の兵站基地として活用されたが…)

ただ、

もし、

反安保運動を起こさずにベトナム戦争に積極的に参戦していたら、

「軍」「核シェルター」と国益の概念を普通の国のようにつくって、

すでに普通の国になっていただろうが日本はこれらもなかば拒否した。

 

 

1945年〜1990年まで約45年間、

外見上は旧・西側圏にいたが、

実際、道周辺の自然の景観が左傾化して景色は崩れて、

歩く方々の歩き方も左傾化した歩き方にならざるをえない。

また、

足下を見ざるをえないためか、

会話や言説で、心の中でも、

「日本は…」と能動的な表現が言いにくくなっており、

「日本人」のアイデンティティ(identity)は崩れはじめた。

ただ、

今はまだ完全には崩れてはいない。

 

【蛇足】

今まで崩れていった「日本」社会の中で、普通に「日本は…」「日本人は…」と認識していた方も多いだろう。しかし、日本のアイデンティティーを自虐化したテーマパーク「平和」の社会では評価できず、「日本」の言動は目立つことになり、謙虚に心の中におさめていただろう。

会社名等でも「日本」を使うことが嫌われ、「日本」を入れたものは外国人の会社ではないか、という奇妙が風潮が長年蔓延している。普通の国では、自国名を言うことは普通だが…。1997年に設立した「日本会議」は、左傾化した風潮の中で批判され、目立つネーミングになったが、まさしく日本再生のためのネーミングだろう。

 

 

米・トランプ政権のバノン氏だけでなく、

昨今、世界の多くの方々は日本の存在を「受け身的」だと考えている。

(日清戦争・日露戦争・日米戦争も能動的に見えるが受け身的な動きか…)

 

たしかに、

日本は、

伝統的に謙虚な姿勢=「受け身的」な姿勢で思考することが多いようだ。

 

外部環境を諸処取捨選択する「能動的」な動きで

うまく世界から利点だけを選択して受容して発展してきたことで

地球上でもっとも繁栄している社会を構築している。

 

受け身的な姿勢ではなく、

諸環境を軽視する能動的な姿勢を取ると

転びやすく、失策しやすい。

(受け身的ならば…転んでも柔道の受け身で防衛できるかもしれない)


【蛇足】
実際、地球上のすべての動きは重力、圧力等の物理的な環境に支配されている。

 

 

東西冷戦時代、

日本はアメリカ等の旧・西側圏の圧力だけでなく、

東西交流のために旧・東側の圧力も間接的に受容(=左傾化)してきたが、

東西冷戦終焉(偏ってきた旧・東側勢力の自滅的喪失等)で、

バランス上、何を受容するのか?

 

今、これらの外部環境に変化があり、

圧力は大きく変わってきており、

内部環境の転換期で新しい圧力も生まれている。

 

これから日本は

環境の変化に適応してどう再生するか?

 

新たな中庸、中道を見つけて

(中国が覇権でつくる「中」道ではなく…)

外部環境を客観的に見つめて普通の姿勢で歩くことだろう。