戦後の社会性喪失統制~社会性回復の兆し
東日本大震災から約9ヶ月たっても、
日本政府はいまだに6兆円しか被災地復興支援を行っていない。
ところが、
韓国経済危機を救うために5兆円以上のウォン買い。
公務員への冬のボーナスは3兆円弱。
そして、
消費税増税に復興増税、
とどめは、
TPPへの強要的な参加表明。
東日本大震災の被災地である東北地方は、
日本では唯一とも言える自給自足経済圏であり、
また、
日本の穀物倉庫ともいえる地域。
TPPによる農産物の自由化はこの地域の人々に、
大きな不安を投げかけている。
TPPの賛否議論は早々にしっかり行うべきだが、
復興の道がしっかり具体的に見えてから、
TPPへの参加表明するのが人の道、筋ではないだろうか。
こうして見ると、
国民いじめとも見える、
納得性のない政策がまかり通っているように思える。
東日本大震災を石原都知事は天罰と言ったが、
奇しくも、
関東大震災のときも天罰論が出た。
1923年、関東大震災時は、
実業家の渋沢栄一や内村鑑三らが、
「第一次世界大戦後の贅沢や自由放縦に対する天罰」だと公言した。
渋沢栄一は儒教的な意味での社会性のある企業活動を実践し、
内村鑑三はキリスト教徒として足尾鉱毒事件や日露戦争等を批判した。
当時、はびこっていた拝金主義は、
善き社会とは到底いえず、
石川啄木も「時代閉塞の現状」(1910(明治43)年執筆)で拝金主義社会(下記引用)を訴えている。
「国家は帝国主義でもって日に増し強大になっていく。
誠にけっこうなことだ。だから我々もよろしくその真似をしなければならぬ。
正義だの、人道だのということにはおかまいなしに一生懸命儲けなければならぬ。
国のためなんて考える暇があるものか!」と。
★国家縮小中の「時代閉塞」観
http://ameblo.jp/ararada/entry-10456152910.html
http://www.aozora.gr.jp/cards/000153/card814.html
しかし、
現代の日本は…
「国家は反日、売国奴的主義でもって日に増し弱体化していく。
誠にけっこうなことだとは言い難い。だからと言って我々もその真似をするわけにはゆかない。
正義だの、人道だのということにはおかまいなしに一生懸命儲けなければならぬとは断じて言えない。国のために考える暇を作らないといけないのだ」と。
折しも、
今、現代の日本は社会性を極度に喪失して、
政治力も極度に弱体化しているときにあって、
この大震災は、
まさに日本に天罰として、
大きな反省をうながす好機になったと、
僭越ながら小生は思う。
日教組などによる戦後教育は、
まさしく「社会性」を喪失させる教育だった。
心の知性や社会性よりも、
偏差値に大きく依存した偏重教育だった。
体育、芸術、道徳には当然偏差値による基準は導入されず、
偏差値で測定できる限られた教科が子供を評価する基準になってしまった。
そこでは、
偏差値で測定できない、
思いやりや優しさ、不正に立ち向かう強さや、
社会への貢献は二の次、三の次になり、
さらに、
今では学校や家庭での教育の範疇から排除されてしまっている。
しかし、
主義主張で考えれば、
経済至上主義=拝金主義だけは否定されずに生き残った。
「いじめ」がはびこる温床も、
こうした風潮から必然的に生まれたのではないかと思う。
しかし、
今、日本人は徐々に気づきつつある。
東日本大震災で亡くなられた多くの方の犠牲は、
決しても無意味なものではなかったと、
僭越ながら小生は思う。
日本人の社会性回復の調査結果は、
日本社会の再活性化の兆しだと思いたい。
★震災後、日本人の社会性が向上~SQ値(社会的関わり指数)向上!!
http://ameblo.jp/ararada/entry-11083615257.html
関東大震災の後に起きた大きな動乱として、
世界大恐慌と太平洋戦争がある。
こうした動乱が東日本大震災の後に起こるとは思いたくないが、
歴史は繰り返すの格言を肝に銘じて、
つねに心しておかないといけないだろう。
関東大震災後の日本は、
国民の幸福を無視した軍部・官僚・財界と、
それを援護する大手新聞社の独走によって、
太平洋戦争へと突き進んだ。
当時は富国強兵による過剰な社会性の強制が、
さらに関東大震災で強化された可能性がある。
今の日本には過剰な社会性はなく、
社会性の喪失感の方がはるかに大きい。
ホモサピエンス=人類の最大の特徴には、
人類同士が互いに殺戮することを正当化するという、
悲惨な集団・社会心理もあるが、
他者に貢献し、助け合う美徳もある。
たしかに、
「社会性」が諸刃の刃であることは、
十分認識しておく必要があるのだろう。
人類の持つ善い社会性は素直に肯定して積極的に保存してゆかないと、
弱肉強食的な悪い社会性(反社会性か?)ばかりが跋扈してしまうのだろう。
日本政府はいまだに6兆円しか被災地復興支援を行っていない。
ところが、
韓国経済危機を救うために5兆円以上のウォン買い。
公務員への冬のボーナスは3兆円弱。
そして、
消費税増税に復興増税、
とどめは、
TPPへの強要的な参加表明。
東日本大震災の被災地である東北地方は、
日本では唯一とも言える自給自足経済圏であり、
また、
日本の穀物倉庫ともいえる地域。
TPPによる農産物の自由化はこの地域の人々に、
大きな不安を投げかけている。
TPPの賛否議論は早々にしっかり行うべきだが、
復興の道がしっかり具体的に見えてから、
TPPへの参加表明するのが人の道、筋ではないだろうか。
こうして見ると、
国民いじめとも見える、
納得性のない政策がまかり通っているように思える。
東日本大震災を石原都知事は天罰と言ったが、
奇しくも、
関東大震災のときも天罰論が出た。
1923年、関東大震災時は、
実業家の渋沢栄一や内村鑑三らが、
「第一次世界大戦後の贅沢や自由放縦に対する天罰」だと公言した。
渋沢栄一は儒教的な意味での社会性のある企業活動を実践し、
内村鑑三はキリスト教徒として足尾鉱毒事件や日露戦争等を批判した。
当時、はびこっていた拝金主義は、
善き社会とは到底いえず、
石川啄木も「時代閉塞の現状」(1910(明治43)年執筆)で拝金主義社会(下記引用)を訴えている。
「国家は帝国主義でもって日に増し強大になっていく。
誠にけっこうなことだ。だから我々もよろしくその真似をしなければならぬ。
正義だの、人道だのということにはおかまいなしに一生懸命儲けなければならぬ。
国のためなんて考える暇があるものか!」と。
★国家縮小中の「時代閉塞」観
http://ameblo.jp/ararada/entry-10456152910.html
http://www.aozora.gr.jp/cards/000153/card814.html
しかし、
現代の日本は…
「国家は反日、売国奴的主義でもって日に増し弱体化していく。
誠にけっこうなことだとは言い難い。だからと言って我々もその真似をするわけにはゆかない。
正義だの、人道だのということにはおかまいなしに一生懸命儲けなければならぬとは断じて言えない。国のために考える暇を作らないといけないのだ」と。
折しも、
今、現代の日本は社会性を極度に喪失して、
政治力も極度に弱体化しているときにあって、
この大震災は、
まさに日本に天罰として、
大きな反省をうながす好機になったと、
僭越ながら小生は思う。
日教組などによる戦後教育は、
まさしく「社会性」を喪失させる教育だった。
心の知性や社会性よりも、
偏差値に大きく依存した偏重教育だった。
体育、芸術、道徳には当然偏差値による基準は導入されず、
偏差値で測定できる限られた教科が子供を評価する基準になってしまった。
そこでは、
偏差値で測定できない、
思いやりや優しさ、不正に立ち向かう強さや、
社会への貢献は二の次、三の次になり、
さらに、
今では学校や家庭での教育の範疇から排除されてしまっている。
しかし、
主義主張で考えれば、
経済至上主義=拝金主義だけは否定されずに生き残った。
「いじめ」がはびこる温床も、
こうした風潮から必然的に生まれたのではないかと思う。
しかし、
今、日本人は徐々に気づきつつある。
東日本大震災で亡くなられた多くの方の犠牲は、
決しても無意味なものではなかったと、
僭越ながら小生は思う。
日本人の社会性回復の調査結果は、
日本社会の再活性化の兆しだと思いたい。
★震災後、日本人の社会性が向上~SQ値(社会的関わり指数)向上!!
http://ameblo.jp/ararada/entry-11083615257.html
関東大震災の後に起きた大きな動乱として、
世界大恐慌と太平洋戦争がある。
こうした動乱が東日本大震災の後に起こるとは思いたくないが、
歴史は繰り返すの格言を肝に銘じて、
つねに心しておかないといけないだろう。
関東大震災後の日本は、
国民の幸福を無視した軍部・官僚・財界と、
それを援護する大手新聞社の独走によって、
太平洋戦争へと突き進んだ。
当時は富国強兵による過剰な社会性の強制が、
さらに関東大震災で強化された可能性がある。
今の日本には過剰な社会性はなく、
社会性の喪失感の方がはるかに大きい。
ホモサピエンス=人類の最大の特徴には、
人類同士が互いに殺戮することを正当化するという、
悲惨な集団・社会心理もあるが、
他者に貢献し、助け合う美徳もある。
たしかに、
「社会性」が諸刃の刃であることは、
十分認識しておく必要があるのだろう。
人類の持つ善い社会性は素直に肯定して積極的に保存してゆかないと、
弱肉強食的な悪い社会性(反社会性か?)ばかりが跋扈してしまうのだろう。