国→都道府県→市町村議員の頭の構造 | あらやす日(本)誌

国→都道府県→市町村議員の頭の構造

天下国家を論じる国会議員は少ない。

その背景には、
半世紀かけて大きく変容してしまった有権者の質に起因するところが大きいだろう。
有権者たる国民が天下国家を論じることを国会議員に要求していないのだろう。

正直言って、
小生も含めて戦後エセ民主主義教育のおかげで、
「みみっちい人間」に成り果ててしまった。

キャッシュ温存のために社員切りし非正規雇用に走り、
株主持ち合い解消で外資に日本株を放出した大手企業幹部も同類だ。
その証拠にキャッシュをしこたま貯めて使い道も考えずに、
これを有意義に使っているならまだしも、
間抜けな大手企業の経営者は200兆円もタンス預金している。

国会議員の多くは、
天下国家ならぬ天下都道府県レベルがいいとこだろう。
政治三流、四流と呼ばれるゆえんがここにある。

日本の国会議員の頭の中を見れば、
その8割以上は国のことよりも、
地元都道府県の利益誘導しか考えない都・道・府・県議会議員レベルだ。

県議会議員の頭の9割は、
地元市町村中心の市・町・村議会議員レベルだ。

とすると、
市・町・村議会議員は自宅の周りの住人の世話と私利私欲だけか?

ダブりまくっているので議員は半分で十分な感じだ。

戦後60年以上、憲法すら改正できない我が国においては、
議員定数等の国家統治の大きな変更は、
江戸幕府を軍事的に敗北させた明治政府や、
戦勝国GHQのような強権発動がない限り無理なのかな。

日本は有史以来、狭い国土ながら地方を重視した政策を行い、
地方の個性を大事にしてきたが、
国家意識が欠如した現代においてあまりにも地方が地方を理由に国に依存し、
国も地方を大事にするあまり国のあり方・行方を見失っている。
莫大な借金と巨大な自治組織(地方議員を含む)を地方がこのまま温存し続けたら、
日本は沈没する。

空洞化した国家と肥大化した地方では、
政治的にも経済的にも国際競争力はしぼむだけだ。

どうしたら、
地方をスリム化できるのか?
どうしたら、
国家概念を再構築できるのか?
それは裏腹であり、日本の今後の動きを支配する両輪ともいえる疑問だ。