日本は核武装すべきか? | あらやす日(本)誌

日本は核武装すべきか?

日米安保条約は、
日本が有事(無事でない事態)の際にアメリカ・核の使用を禁止していない。
そういう意味ですでに日本はアメリカ・核の使用を容認している。

しかし、
有事の際に核を使用するとも断定していない。
使用するか?どうかはアメリカの意志決定にかかっている。

かつて、
中国が核を保有したとき、
日本では一部の政治家・官僚・国民は核の保有を真剣に考えた。

しかし、
北朝鮮が核を保有したとき、
日本は…?
北朝鮮の軍事的な脅威論は、
無用な不安を招くという勝手な配慮でさしたる論議はおきていないといえる。
当然、一部の政治家・官僚・国民は核の保有を真剣に考えていると思いたいが。

中国だけでなく北朝鮮にも核が拡散した現在、
日本は真剣に核保有を議論する必要がある。
まずはあくまでの議論である。

尖閣諸島の中国・工作漁船の問題で、
日本の核保有論議が再燃しているが、
これは至極当たり前の反応だ。

最悪でも、
ドイツのようにアメリカなどの核を有事の際に借りて使用できるように、
核共有(ニュークリア・シェアリング)条約を結ぶ必要がある。
もちろん、
間違いなく約束通りに貸してくれるか?は間違いなく約束できないだろうが。

国民投票を将来のある時期(2年後くらい)に設定して、
憲法第9条の改正と核・保有の論議をしてゆくときが来たのだと思いたい。
そのとき、
アメリカに依存した経済大国はありし日の日本の姿として、
過去のモノになるだろう…と思いたい。

そう思いたいところだが、
今の日本の政治・外交のノウハウの低さを見ると、
核・保有は…不安…とも言える。
しかし、
日本以上に国家統治能力に問題がある(低い?とも高いともいえるか?)、
中国・北朝鮮が核保有しているというコワイ現実があるのだ。

政治・外交のノウハウの低さを核保有は、
十分過ぎるほど補完してくれる可能性もある。

とはいえ、
まずはその前にフツーに正々堂々と軍事的な防衛論議のできる国になることが先だろう。

大学教育において防衛学を防衛大学1校でしか講義していない日本。
軍事学がタブー視されている国は先進国では日本だけだ。

軍事的な国家防衛を少し口にするだけでウヨクのレッテルを貼られてしまうのは、
世界で日本だけだ。

国歌を歌えない大人や国旗掲揚ができない大人がいる割合も日本が先進国でトップだろう。
マスゴミお得意のアンケートをしてみたらどうだろうか。

それだけ歴史上希有な戦後平和教育の実験は成功したともいえるが、
現代的な意味でのフツーの国家観は喪失してしまったといえる。

正直言って、
こういう国は核どころか竹槍1本も必要ないのかもしれない。