作成中:メモ書き 自己責任という無責任、無責任という社会責任 | あらやす日(本)誌

作成中:メモ書き 自己責任という無責任、無責任という社会責任

この世の中に「完全」な自己責任はないから、
誰も責任をとらない無責任社会ができあがる。

責任という言葉自体、そう古いものではない。
たぶんここ200年くらいの間に定着した現代の流行語。

実際、責任は各自に分散している。
しかし、
ある時代、一個の自己に責任を統合できるという幻想が生まれ、
自己責任が生まれた。
実際、自己責任は仮想空間でしかない。

あらゆることが自己の「一部」につながっていることを無視するのが、
自己責任の仮想空間。

※市場原理主義、新自由主義も仮装=仮想。

飢餓も、
戦争も、
自殺も、
環境破壊も地球温暖化も、
すべての地球上の問題が、
すべての自己に少しだけだがつながっているという
この事実を隠蔽するのが自己責任の論理。

飢餓も、
戦争も、
自殺も、
環境破壊も地球温暖化も、
すべての地球上の問題は自分だけで責任を負えるモノではない。
当たり前なようで当たり前でないことに、
だからといってまったく責任がないわけではない。