*楓side*
「転勤になった」
思った通りの言葉だった。
「え!?」
「どこに!?」
みんなの反応は先ほどとは一変して、驚きと不安を隠せずにいる。
知っていたのは、あたしだけだったんだろうか。
一人一人の表情を見回すと、松潤だけは黙って大野くんを見ているだけだった。松潤もきっと知っていたんだ、と思った。
「…フランス。フランスのパリ」
「フランス!?」
「パリ!?」
「それってどこー?」
怜ちゃんは呑気に声を上げる。
みんなはそれに答えもせず、大野くんを質問攻めにした。
「なんでなんで?」
「いつ?!もうすぐ?」
大野くんは声色を変えず、ゆっくり順を追って説明した。
前から持ちかけられていた話だということ。
パリは絵画や美術の発展した都市だから、画家を目指す自分にとっても良い転機になるんじゃないかと言われたこと。
今年いっぱいには決めて欲しいと言われていて、ついに転勤を決意したということ。
みんなはしんと静まり返っていた。
「本当に、行くの?」
甘えるような声でカズが呟いた。カズは大野くんには本当に良くしてもらっていて、お兄ちゃんみたいなんだと得意げに言っていたのを思い出す。
「うん、行く」
大野くんの眼差しは優しいけれど、その目の奥には強い意志が見えた。
その強さを見たとき、あたしはこみ上げるものを感じた。
自分の部屋に飾ってある、大野くんがくれた二枚の絵。あの絵を毎日眺めながら寝て、起きると眺めていた。そんな日々を送り始めてから、まだ一年も経っていない。
もっと前から彼のことを知っていたような気がするのに、まだ出会ってからそれほど経っていないことが切なく感じられる。
みんなも、しんみりとしていた。
部屋の中の空気が重くなる。
「やだなぁ、なにこの空気!俺のせいかよ!」
大野くんはそう声をあげて、涙目になりながら笑う。
「智くんのためだって思えば…送り出すしかないけど」
翔さんが拗ねるようにそう言った。
確かに、みんなも同じ気持ちだと思う。
だけどやっぱり寂しくなる。
「よし!じゃあ今日の夕飯は寿司だ!松潤も結婚するし!お祝いお祝いっ」
大野くんがパンと手を叩いて、珍しくノリノリで勢い良く立ち上がった。
この家のリーダーの言葉に、みんなはぞろぞろ立ち上がった。
「よし!寿司!」
「二人の門出を祝いましょう!」
「よーし、食うぞーっ!」
みんなは泣きそうなのを堪えて、わざと声をあげた。
あたしもつられて叫ぶ。
「じゃあ~、リーダーのおごりねっ!」
「えっ…」
戸惑う大野くんを見て、みんなが笑った。