私が中学生の時、地元の高校が甲子園の準準決勝に進んで町全体が盛り上がって以来、
一番素晴らしいテレビ番組は甲子園の生中継だと思っています。

練習に費やされた膨大な時間に比べて、一試合は短くて、
それ故に全力を傾ける刹那的な美しさが際立っています。


今日は苫小牧と早稲田実業の決勝戦を観ました。
バッターボックスに立った時の緊張や、打球を構え待つ時の気合などが伝わってきてドキドキしながら観ていました。

誰もがホームランを打てるわけではない。
それでも犠牲フライや送りバントを成功させた球児達は生き生きとしていて、一仕事やってやったという達成感が顔に表れていました。
観ていてすごく気持ちいいものでした。
自分の役割を果たしきった人というのはあんなに輝くものなんだなぁと。


こんな風に思うのは最近、松下幸之助さんの「天分」ということについて考えてしまうからかもしれません。
誰もが大臣や資産家を目指したところで、なれるはずもなくギスギスした世の中になってしまう。
それに対し自分の天分に生きることは全員が可能だと。
自分の天分は自分で模索して全うしなければ…と私も自分に言い聞かせます。


決勝戦の結果は15回の延長戦後、引き分け。
明日再度試合が行われます。
用事がなければ甲子園に観に行くのに。


白球をひたすら追いかける彼らがいつしか、カッコイイではなくカワイイと目に映っていることに気がついた夏の日の夕方でした。

9月からイラン人と日本人のハーフの女の子にペルシャ語を教えることになり、今日はその女の子に会ってきた。

まだ6歳、小学1年生なのだけど顔立ちがすごくはっきりしていてめちゃくちゃ可愛い!!


だけど遊ぶことが大好きでじっとしていられない、ペルシャ語なんて普段使わない言葉勉強するのは恥ずかしいって思っている。


一通りのペルシャ語のアルファベットは前任の家庭教師が教えたらしいけど、実際読むこともままならない。

母親は折角だから、将来的に価値があるから、ということでHちゃんにペルシャ語を覚えてもらいたいようだ。

イラン人の父親は仕事が忙しく娘に言葉を教える余裕がないらしい。


ペルシャ語を嫌いになることだけは避けたいので、遊ぶような感覚で勉強していきたい。


今考えている勉強方法としては、


①イランの家族から電話がかかってきた時に使える会話を、文字とともに覚える。

②文字が連結するペルシャ語を、分解して読めるようパズル形式でアルファベットを復習する。


ということ。

私が教えるだけの一方的な授業にはしたくない。


後一ヵ月後だ。

Hちゃん待っててね♪

夏の集中講義も今日で終わり。

今年はイラン音楽の講義を選択した。
私はホセインアリザデという人が特に好き。
タールの奏者なのだけど彼のCDにはずれはない。
民族音楽の洗練のさせ方がかっこいいし、あくまで本物。
ぐっとくる。


講師の先生は他大学からいらしてくれたT先生。
本場仕込みのサントゥール奏者。


先生は一貫して音楽そのものというよりは、
音楽学における本質主義、構築主義。
比較って何だ。
民族って何だ。
西洋って何だ。
ということについて、若い先生ながらの誠実さで語ってくれた。

これから卒論を書く身にはためになるお話で、感謝。


何より、笑うと目じりに思いっきり皺ができ、
鼠みたいな歯を含む口元全体に愛嬌があって秘かに癒されていた。
(かっこよくはないけど好きな人相)


ま、でも今日で終わったぁ♪
っと思ってさっきミクシィのイラン音楽のコミュニティ見てたら先生のフルネームが…


私の他にも物好きなT先生ファンがいるのかなぁ、と思ったんだけど内容から明らかに先生御本人みたいで……
かなりびっくり。
こんな所でお会いするとは…って一瞬恥じ入ってしまった私。


大好きなイラン音楽のコミュニティに、鼠みたいな笑い顔を浮かべながら書き込みしているT先生の姿を想像すると、
冬の集中講義が待ち遠しくなった。
(恋?)


いよいよ夏休み。
といってもプロジェクトの勤務や卒論の準備で当分は通うつもり。

蝉が競い合って鳴いている外大。






今日の午後はとある証券会社の説明会兼一次選考会に行ってきた。

証券会社で働きたいと思うようになったのはつい最近のこと。

それまでただただイランにずっと固執していた。

でもまゆ美ちゃんのアドバイスのおかげで、

場所ではなく、やりたい仕事で選ばないとって思えるようになった。


これから生きていく上で金融の知識は絶対身に付けた方が良いと思う。


一人でも生きていけるような女性になりたい。


他の人と生きていくことがもっと楽しく感じられると思うから。


頑張ろう、私宝石ブルー