─────十五年前。
運動会の種目の中に、ドッジボールがあった。紅組、白組ではなく、クラス対抗戦の種目。
他にも、 玉入れ、リレー、大玉送り、障害物競走があったのは知っている。
けど、僕はドッジボール、という種目に注目し────いや、それしか眼中になかった。
─────やっと、自分が活躍できる番が来たんだ と。
実を言うと、僕の身体能力はよくない。…ちょっと、言い方が悪いかな。
良いわけでもないし、悪いわけでもない。普通なんだ。例に漏れず、足の速さでもクラスの中間くらい。
だから、僕が運動で活躍できるのは、技術が問われる競技。運動センス、それなら僕は自信があった。
それが、このドッジボールだったわけで。
問われる技術は、正確にボールを投げれるか、正しくボールをキャッチ出来るか、の二つだけ。
僕が苦手な、持久力や足の速さとかは問われない。
ドッジボールには、時間制限があるし、人が多いから、ちょこまかと移動する必要はない。
だから、僕はドッジボールに目をつけた。
僕は、個人で練習している。ドッジボールクラブという、所で他のメンバーと一緒に練習をしている。
勿論、クラスでも練習をしている。
運動会の前日、僕のクラス、6ー1 のクラスメイト達はドッジボールの練習をした。
昼休みの間に、線を引いて、クラスを二つのチームに分けて、試合が始まった。
結果は、僕側のチームの勝利。そりゃそうさ。この僕が、相手チームの半分を削ったんだから。
皆は、僕を称えた。この僕が居れば、このクラスは勝てる! ってね。
運動会で勝てる。活躍できる。負ける心配なんて無用だと、思っていた。
その日に、気になったことと言えば、唯一、昼休みでドッジボールに参加していなかった、 の存在かな。
「紅組が優勢です~」
スピーカーから、放送委員の声が流れる。
それを、僕らはテントの下で聞いていた。テントといっても、日差し避けするだけで、簡易的な物。
確か、僕って紅組だったっけ。素直に喜んだ方がいいよな。
「ねぇ、 くん! 紅組優勢だって! やったね! このまま、白組に追い抜かれずに終わるといいんだけど…」
隣にいた女子が、放送委員の声に反応して話しかけてきた。
「大丈夫。50点差もあるわけだし、安心していいんじゃないかな」
「そうかな~。でも次、大玉転がしがあるよ? 確か、大玉の点数って60くらいだったから、
大玉で負けちゃったら、逆転されちゃうね」
「大丈夫だろ。逆転されても、絶対、勝てる勝てる」
ひょこり、と後ろから僕の男友達の大樹(ダイキ)が話に入り込んできた。僕は顔を向けると、大樹は自信満々な表情をしていた。紅組が負ける未来を予想すらしていない顔だ。僕と目が合った瞬間、大樹は歯を見せて笑う。
大樹の歯は純白で、不気味さを感じさせられるほどだった。
そんな自信満々な大樹に返す一言はこれに決まっている。
「それじゃ、負けたら、一発ギャグよろしく」
「ちょっ…はぁ!? それはないっすよ、 !」
「あはは。それじゃあ、大樹君はどんなギャグをやってくれるのかな?」
「ちょっ…えぇっ!?」
突然の無茶ぶりに、大樹は戸惑う。
そんな大樹を愉しみながら、僕は水筒の中の麦茶を飲んだ。
大玉の次は……リレー。最後に、最高学年で行われる、ドッジボール…。
緊張と楽しみが入り混じって、身体がそわそわしている。少し、居心地が悪い。
「次は大玉転がしです。全生徒、集合」
スピーカーで流れた声と共に、椅子に座り、クラスメイトとの雑談は強制的に終わらされる。
全生徒は立ち上がり、校庭の枠内に入っていった。
「あぁー! 負けちゃったね。紅組」
「ねぇー。あともう少しで勝てたのに」
「残念だったね。 君…」
「なんでだよぉー...。このままだと、本当に一発ギャグをする破目に...!」
大玉転がしという、大きな種目が終わり、白組では拍手喝采が、紅組ではネガティブ発言の嵐が起こる。
「あ、大樹。ギャグはクラスメイト全員の前でな」
「お…お前は鬼か…!」
一刻一刻と迫っている死(精神的な意味で)を前に、震えあがる大樹。
まぁ、心配はいらないと思う。紅組のリレー選手には、各学年の一番の選手が揃っている。
大玉転がしで出来た10点の差なんて、直ぐに越せる。
そして、次の種目のリレーが始まり、結果は紅組の圧勝。
大樹は、クラスメイトの前で一発ギャグ、という罰を回避し、あまりの嬉しさに謎のダンスをする。直ぐに、先生に止められたけどな。
紅白の勝敗が決した所で、次はお待ちかねのドッジボールだ。
「次はドッジボール。六年生、入場口に集合してください」
声を聞き、僕たちは急いで指示通りに入場口に集まる。
よし、よし。ここで。ここで─────…。
まず、僕たち、6-1は6-2と戦うことになった。僕らの学年は全部で四クラスだから、6-3は6-4と戦うことになる。
それで、勝ち上がったクラスは片方の勝ち上がったクラスと戦い、勝ったクラスが優勝となる。
各クラスは、体育の時間や昼休みで十分に練習出来ている。
ドッジボールが少し出来るくらいで、クラスがのし上がれるという簡単な話じゃない。
それでも、僕らは勝ち上がった。
僕がキャッチして投げるの繰り返しだった。単調な作業としか思えなかった。
だから、次に戦うことになる6-4に簡単に勝てると思っていた。
これで、僕が運動でも活躍することが出来る。しかし、それは違った。
「おらぁっ!」
「────っ!」
乱暴に投げられたボールを、僕はキャッチする。この力強さは僕を超える。
でも、荒っぽさがあった。直線的に投げては、相手にキャッチされやすい。それに、僕がキャッチしなかったとしても、
このボールは誰にも当てることが出来ない。闇雲に投げているから。
僕はキャッチしたボールを投げる。狙ったのは、勿論、ボールを乱暴に投げた男子、安雲隆介。
そのボールは隆介の背中をバウンドした。
隆介はボールの痛みに悶えながら、外野へと去っていった。
隆介をバウンドしたボールは転がっていく。そして、二つのクラスに分ける、真ん中の線の上に来た。
誰も取ろうとしないボール。それに向かって僕は走る。
そして、あと1mまで来た時、そのボールは相手側の女子の手に渡っていた。
女子は僕に向かって、投げる姿勢を取る。
それでも、僕は大丈夫なはずだった。いくら、早いボールが来てもキャッチできる態勢。
「そ…そりゃぁーーー!!」
けど、投げられたボールは、予想に反してゆっくりと落ちていった。
だからは僕の手は空振りして、ボールは僕の腕の上で高く、後ろへ跳ねた。
きっと、それは僕が速いスピードに慣れすぎて、遅いボールに対応できなかったんだと思う。
僕の腕を跳ねたボール。
誰も取ろうとはしない。
あともう少しで落ちる。僕が負ける。
ドッジボールには、内野で当てられたら外野に行かなければならない。
だから、ここで負けても─────負けるのは嫌だ。
まずい、と危機感をはたらかせてももう遅い。手遅れ。
「─────!」
────後ろでそのボールを手に取った音が聞こえた。どうやら、地面に当たるギリギリで取ったようで、
砂のジャリジャリとした音も聞こえてきた。その光景に、歓声が沸いた。
咄嗟に、僕は振り向いてみる。そこには─────。
「小学校の話題は…なぁ…。運動会にしねぇか?」
恵吾と俺の思考が同じだったのか、小学校について思い返していたようだ。
恵吾と同じ思考…同じ…、少し嫌な気持ちになる自分がいる。恵吾と同レベル。なんかやだ。
それはともかく。運動会は全学年が参加する。曖昧な記憶を探ってまで、1年生の時から6年生まで話を全部する気か?
「運動会って、何年生の時の話だ?」
「出来れば、熾烈な争いがあった年にしてぇなぁ~。六年の頃…とか? 最高学年の戦い。
応援する声に、歓喜の声、中には悲鳴も。楽しい運動会だったなぁ~。
それと一番、記憶に残っているのは─────」
「「ドッジボール だよなぁ / しかない 」」
奇跡的に、というか。俺と恵吾の声が合ってしまった。
やっぱり、恵吾と俺は同じ思考を持っているのだろうか と疑問に思う。
声が店内を響いていく。声が脳内を響いていく。
沈黙が少しの間、通り過ぎる。
「・・・。」
「・・・。」
「ま、ドッジボールに決まってるか」
話を再開したのは、恵吾だった。
「記憶に残っていたのは、ドッジボール。けど、それも恵吾が無双している場面しか思い出せない」
「何言ってんだ。江ノ島だって、活躍したじゃねぇか。女子がキャーキャー言ってたと思うが?」
「さぁ。記憶にない」
女子が悲鳴をあげる(歓喜の方)のは、いつもクラスの中心人物だった海翔だったはずだ。
俺が活躍した場面…想像すらできやしない。記憶力がいい恵吾がそう言うのなら、そうかもしれないが。
「惚けやがって」
嫉妬と罵倒を込めた言葉を恵吾は吐き捨てる。俺は何も言い返さない。
俺はそのまま、ビールを飲む。
恵吾はどうしても、俺が活躍したと認めさせたいのか、思い出話を語り出した。
「たしか、ドッジボールは勝ち抜き試合形式だったな。それでさ。
俺らは6-2だったじゃんか。そして、勝ち抜いて決勝戦まできた。
6-1との試合は、お前が言う通り、オレが無双した。活躍した」
ほら、俺の言った通りじゃないか。俺の記憶は正しい。恵吾の記憶は間違い。
そう声にしようとしたが、恵吾の一言で俺の口は塞ぐこととなった。
「決勝戦の、6-4との試合はお前が活躍した。カッコよかったさ。
俺が余裕ぶっこいて、取りこぼしたボールをお前は地面ギリギリで取ったんだから。
ナイスプレー、海翔くんかっこいい あらゆる褒め言葉がお前に投げかけられた。
その時は、俺は嫉妬したね。でも、それと同時に格好いいと思ってしまったんだ」
徐々に、恵吾の口調が俺が知っているものになっていく。
俺はその言葉をどう捉えたらいいのか、迷ってしまった。素直に喜ぼうとは思えなかった。
「…そりゃあ、どうも」
「まぁ…今振り返ってみれば、こんな奴が試合後の表彰式でVIPプレイヤーとして表彰されるなんて、認められないな! 今ここで寄こせ! 表彰状を!」
────というのは、俺の気のせいだったようだ。恵吾の口調は乱暴なものに戻る。
「残念ながら、表彰状は捨てられた。期待に応えられなくて、ごめんな」
『ごめんな』と謝っているが、内心嬉しくてたまらない。ざまぁ、としか思っていない。
というか、そんなに表彰状が欲しいのなら、別の表彰部門もあったはず。
「表彰状か。確か、逃げ切るだけで貰える表彰状とかあったな。
試合で一回もボールに当たらなかった人の中から、じゃんけんして一人決めて、表彰されるってヤツが。
それを狙っても良かったんじゃないか?」
「その時は好戦的な性格だったからな。逃げようなんて選択肢がないんだよ。
っていうか、逃げ切るだけなんて、『さしすせそ』を守れば誰にも出来んだろ」
逃げるの『さしすせそ』。…簡単に予想することが出来たが、念のため聞いておく。
「『さしすせそ』…って?」
「『さっ』、『しっ』、『すぅっ』、『せっ』、『そっと』逃げ切るってことだよ。
知らねぇのか?」
聞いた俺が馬鹿だった。擬音をそのまま、あいうえお作文みたいに起用するとは安直過ぎだ。
他は100%譲るとして、『せっ』はなんだ。あいうえお作文の作者が放棄しただけだろ、これ。
「とりあえず、な。俺が活躍した、それは認めてやるよ。
っていうか、なんでそんなにドッジボールに固執する必要が─────」
「単に、ドッジボールが好きだっただけだ。気にするな。
それより、他の思い出はないか? 勉強関連を除いてな」
恵吾はこのドッジボールの話題に飽きたのか、他の話題を要求してきた。
先程の熱は何処へ行ったのか。とはいえ、要求には応える。
「行事なら、移動教室とかか? 水族館や、富士山に登った、5年の移動教室」
あぁ、それか と恵吾はやる気がなさそうに言う。
そしてまた、運動会の話と同じように話題を深堀していく。
移動教室の次は、社会科見学、プール、音楽会、学年ごとの劇、遠足。
話が尽きることは無い。
六年の年月で培った思い出を、俺らは消化していく。
六年の日々を、一秒、一分、一時間、一日、一年、二年、三年とたった1日で語り明かす。
俺の人生の全体を見ても、これ以上の濃密な時間はなかったと思う。
そして、話題の終わり方はいつも同じ。『楽しかったな』の一言。
もうやりたくないよな、とかじゃなくて楽しかったな。
あの頃に戻りたいな、じゃなくてあの頃は楽しかったな。
本心では、俺も恵吾もあの頃に戻りたいと思っている。あの楽しい日々に、夢だとしても。
しかし、時間は不可逆。非対称。不可能。無謀。
出来ないと知っていながら、心のどこかでその夢を信じている自分が居る。
「なぁ、恵吾。なんで、俺に声をかけたんだ?」
話題が尽きる前に、俺は恵吾に話しかけた。
恵吾に声をかけられてから、ずっと聞きたかったことだ。
ただ、都合がいいから、偶然、という理由だけで片付けられない。
恵吾は、呆然としてこちらを見つめている。
事態が呑み込めていない、という表情ではなかった。
「いや、だから、言ったじゃねぇか。お前と会ったのは、たまたまで─────」
「────違うだろ。ホントの事を言ってくれ」
先程と何一つ変わらない恵吾だったら、この声にも言い返すだろう。だから、違うって! とか言って。
しかし、恵吾は言い返さなかった。
ただ、じっと見つめてくるだけ。
声が重なった時とは別の沈黙が、この場を塞ぎこむ。
俺は真剣な目で、『言え』とメッセージを伝えるも、恵吾は無言を突き通す。
「────頼みがあって来たんだ」
それでも、自身の性格上、耐えれなかった恵吾が話す。
「お願いだ。金を─────貸してくれ」
無謀な願い。その頼み事を。
※なんででしょう…。書き終わりませんでした! 続きは来週投稿する(予定の)、後編にて。
急いで書き上げたので、後で修正入るかもです。
余談ですが、小説の中の会話は自分と友達の会話を参考にしています。あと、自分が好きな漫画や小説。
自分と友達の会話ってつまらなかったんだ、と感じました。
でもね、友達との会話は気楽にするものだから! 脳みそを空っぽにしてね!