「はぁ……会社って窮屈だよなぁ」

 

誰に話しかけるわけでもなく、夜中の路地で独り言を呟いた。

今の会社に入って、五年目。

毎日、頭を下げて、パソコンにへばりついて、家に帰るの繰り返し。

流石に飽き飽きしてくるもんだ。

それでも、働かないと生きていけない世界。金さえあれば飛ぶ鳥も落ちると聞くしな。

老後の資金。婚活。生活費。諸々。

考えるだけで頭が痛い。

俺は深いため息をつく。ついた後は、またふらふらと真夜中を進んでいく。

 

そんな俺の肩に、一人の手が忍び寄った。手が肩に触れると、弾むように肩を叩く。

 

「なぁ、お前。あの江ノ島だよな?」

 

俺の名前を呼ぶ声に反応して、俺は振り返る。そこに居たのは─────

 

「…誰?」

 

よっ! と馴れ馴れしく手を挙げている見知らぬ他人だった。本当に、名前も知らない、顔も知らない男性。

記憶を探っても、コイツに関するモノは何一つとして見つからない。

─────俺の名前を知られているが、俺はコイツを知らない。それじゃあ、誰かの言伝に俺の話を聞いたのか?

どちらにせよ、他人であることには変わりないが、一応話は聞いておこう。

 

「あ~、…何用ですか?」

 

「オレだよ、オレ! 鹿島恵吾(かのしま けいご)だ! 小学校の…覚えてないか?」

 

一瞬、オレオレ詐欺の真似事かと思ったが、その名前には聞き覚えがあった。

十数年前の出来事を覚えられるほど、俺の記憶力はよくないが、コイツだけは印象に残っている。

クラス、学年問わず、学校の人気者。

一人一人とのコミュニケーションを大事にし、記憶力もいい。

百人以上いる友達の名前を覚えることなんか朝飯前、会話の内容の全てを暗記している。

人脈に極振りしているイメージだ。といっても、こんな奴だったっけ。恵吾は……。

 

「あぁ…! 小学校の!」

 

「そうだ。久しぶりだな! 海翔(かいと)!」

 

それから、俺達は恵吾の要望で居酒屋に向かった。

恵吾曰く、話したい事があるとのこと。特に用事もなかった俺は、すんなりと頷いた。

『同窓会でもあったのか?』と聞いてみると、恵吾は違うと言う。

俺は疑問を抱きつつも、恵吾の後ろについていくことにした。

そこで、ふと、こんなことに気付いた。

─────恵吾の服、ボロボロだな。

恵吾が来ているジャンパー、ズボン、どちらも穴が開いている。そういうのがファッションな場合もあるが、

お世辞にも美しいとか、カッコイイとは言えない物だった。

久しぶりにあった記念に、服でも買ってやるか。

老後の資金、生活費はともかくとして、友人なんだからプレゼントくらいは贈ってやらないとな。

 

 

 

 

居酒屋『泡沫屋』と書かれている暖簾(のれん) を通り、恵吾は慣れた手つきで戸を開ける。

店に入り、恵吾はカウンターの奥に居る店長らしき人物に一言。

 

「大将! いつものを一杯!」

 

「あいよ」

 

大将は恵吾に対して暖かい返事をする。対応からするに、恵吾はこの店の常連なのだろう。

俺と恵吾はカウンターの席に座ると、メニュー表を開き、その常連とやらにおススメを聞いてみる。

メニュー表には、おつまみの枝豆にスルメイカ、酒に焼き鳥といった軽食が載っていた。

その中で、恵吾が指を差したのは揚げ出し豆腐、と鯨の南蛮漬けだった。

『大将』に声をかけ、恵吾がおススメをした料理を注文する。

大将が料理作りに勤しんでいる間。早速、俺は話に踏み込んだ。

 

「で、話ってなんだ?」

 

「いや? 特にな─────」

 

「帰っていいか?」

 

俺は声を遮り、席を立ちあがる。

話があると言い、居酒屋まで連れてきたあげく、料理を注文させられて、この仕打ちか。

喧嘩売ってんのか、コラ。こっちは、睡眠時間削ってまで来てやったんだぞ、コラ。

俺は殺意を込めた視線を送ると、恵吾は 待って待って と手を上下に動かして宥める。

怒りの火は鎮まることはなかったが、俺はそのまま席に座る。コントとしか思えない、流れだ。

すると、ようやく、恵吾は本題に入り始めた。

 

「いや、そのさ。たまたま、道をふらついてたら、お前を見かけたんだ。

 後姿がなんか~、どこかで見たことあるような気がしてさ。小学校であったような、って。

 んで、ちょうどいいな! って思ったわけ。

 オレさぁ~。最近、悪いことばっか起きてさ~。鬱になる寸前まできてる。誰かにこの悩みをおすそ分けしなきゃあ、

 耐えれないという感じでさ~。

 それで、お前に、海翔に相談しようと思ったんだ。久しぶりに会った、ということを口実にすりゃあ、

 ついてきてくれるだろ? とまぁ、そういうわけ」

 

何だろう。何でコイツは、人の逆鱗に触れるのがこんなにも上手いのだろうか。

飄々とした態度で語られる理由に、俺は一切内容に触れず感想を述べる。心の中で。

火に油を注ぐ、というか。もっと、他の言い方が出来ただろうに。

嘘を吐かれるのは嫌だが、真正面で本音を伝えられるのも、また別の不満がある。

話の流れを察し、俺は口を開く。

 

「それで、俺にその相談役になってくれと?」

 

いや、そうじゃない と恵吾は首を振る。いつの間にか、カウンターに置かれたビールを手に取り、飲み干した後、

言葉を繋ぐ。

 

「小学校ぶり、十五年ぶりなんだ。思い出話と行こうじゃないか。

 昔のことを思い出せば、今のつらいことも、苦しい思いも紛らわせるさ」

 

どこか哀愁漂う言い方だった。よく分からないが、気持ちとしては俺と似たようなもの。

日々の生活に嫌気がさしている。

十数年ぶりにあった親友同士。奇跡のような出会い。それを、酒で祝いながら、思い出話をするのも、また一興…か。

 

「分かった。付き合えば、いいんだろ?」

 

「そうと決まれば、まずは乾杯だな。ほら、そこのビール持って!」

 

俺の傍にも、いつの間にか置かれたビールがあった。なんだこの『大将』。忍者か何かか。

あと、乾杯は違うだろ。もう、恵吾が飲んじゃっているし。

ツッコミどころが多い恵吾のボケを、

どうでもいいや、と無視して俺はビールを手に取る。

磁石のように引き付けられたビールは、カランと気持ちのいい音を立てた。

 

大将は、ひっちゃかめっちゃか騒ぐ、子供のような俺達を視界に移した。一秒、二秒、経つと我が返ったように、

調理に取り掛かった。ゆっくり、ゆっくり丁寧に作っていく。

恵吾は、笑いながら、何の思い出話を離す? と話題を吹っ掛ける。

この雰囲気に居ると、一瞬、小学校の思い出が顔を覗かせた。

 

─────十五年前。

快晴の下に行われている、運動会。その最終種目にて。ドッジボールが行われていた。

勝敗を賭けた、大きな試合─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※すみません! 書き終わりませんでした!

 後編は週末に出します。…多分←自信がない

 

追記(書き忘れていた部分がありました。下書きのまま投稿していましたね…。

  なんということでしょう!にっこり

  てなわけで、修正しました。 物語に支障は出ないと思います。すみま千え......すみませんでした。