物件紹介 (コント?)
(スマホで撮影をしている男が、不動産屋の男と一緒に部屋に入る)
男「うわぁ…! ここが、自殺が起こったいわくつきの部屋なんですね!」
くるり、と一周回り、スマホに部屋の映像を記録する男。
不「にしても、お客さん物好きですね」
(恵比須顔で不動産屋は話しかける)
男「何がです?」
不「わざわざいわくつきのお部屋を選んだことですよ。失礼かとは思いますが、お金でも足りなかったのでしょうか。それなら、ここと
同じ値段かつ、いわくつきではない部屋をご紹介しますが?」
男「いいですよ。僕はなんていったって、ユーチューバーですからね!
いわくつきの物件に住んでみた! 、とかいう動画をとりたいんです。
とことん、話題を追求していかないと、やっていられない職業ですから。登録者も十万人いるんですよ。
なんなら、サインとかもらっちゃいますか?」
不「遠慮しますよ。あなたに価値があるだけで、そのサインはゴミ同然ですからね」
男「あはは。なんとも、キツイ言い方をされちゃいました。
なんと言葉を返せばいいのやら」
不「そんなことよりも、この物件はいかがでしたでしょうか。
いわくつき、とはいえ2LDKの物件ですよ。ただ、大家さんが不在なので、掃除が行き届いていなく、所々は汚いのですが…」
男「大丈夫ですよ。後で掃除屋さんを手配しますから。幸いお金ならたんまりとあるんです。
前回投稿した動画で、宝くじが当たっちゃったもんで」
不「そうですか。それなら、尚更良いですね」
男「尚更…?」
不「いえ、気にしないでください。それと、最後に紹介したいことがありまして。
この物件にはバルコニーがあるんです」
(不動産屋は、リビングを突き進み、窓の外のバルコニーまで向かう。男もそれに続く)
男「凄く綺麗ですね! 辺り一帯を見渡せるとは……!」
不「この物件は駅から遠いのがデメリットなんですけどね。
でも、この坂の上にある物件から見渡せる景色は何物にも代えがたいものです」
男「……少し、質問してもいいでしょうか」
(男はバルコニーの柵に肘をかけ、夕焼けの空に黄昏ながら口を開く)
不「何か不満でもありましたか?」
男「まぁ、不満と言えば不満にもなっちゃいますけどね」
不「─────?」
男「実は自分、不動産屋さんに声をかける前にこのアパートについて調べておいたんです。
流石に、動画の為とは言えどいわくつきの物件に住むのは躊躇していました。
なので、視聴者向けの情報取集も兼ねて、調べてみました」
不「随分と視聴者思いの人なんですね」
男「いえ、これが普通なんですよ。誰かに気遣うことが出来ない人間が、誰かに認められるはずがない。僕はそう考えています。
話を続けますが、僕はインターネットでこのアパートについて調べてみました。
いわくつきの物件。それはこのアパート全体に言えることです。
全ての部屋を調べてみましたが、どれもいわくつき。自殺、自殺、自殺、自殺。自殺の名所、樹海を想起させてしまいましたよ」
不「私としても、不思議に思いました。私だって、こんなことが起きてはいけない、って感じています。不運というか、偶然と言います
か。大家さんにも逃げられてしまって。
誰が、この物件を呪っているのでしょうか。
でも、このアパートは悪くはありません。築五十年の良き物件なんです。リフォーム工事も実施しています。
私は、この物件を見放したくはありません」
男「そうですか。不動産屋さんも人思いの人じゃあないですか。
いや、この場合は『物件思い』ですかね? 上手いこと言っちゃいましたか?」
(男はニヤリ、と笑って不動産屋の顔を伺う)
不「『物件思い』、ですか。確かに、そうかもしれませんね」
(その言葉に、不動産屋の氷になっていた顔色が溶ける)
男「あ─────、ちょっと一つ訂正していいですか?」
(男の言葉に不動産屋は無言で返す。『いいですよ』、という無言の意志表示)
男「─────いわくつきなのはこのアパートだけじゃない。辺り一帯の建物、全てだ。
だから、この辺りで人影が見えなかった」
(空は場面転換したかのように、夕焼けから夜へと変わる)
男「ここは東京都、日本の首都だ。それなのに、何故、この辺り一帯の建物で灯が見えないんだ! もう、空は暗い。灯をつけてもいい時間なはずだ!」
不「だから、何だと言いたいんですか?」
男「君が殺したんだろう。いわくつきの不動産屋」
(探偵のように、男は不動産屋を指で差す。しかし、不動産屋はしらけた表情をして動かない)
不「馬鹿な事言わないでください。『物件思い』の不動産屋が、物件を汚す?
そんなことするはずがない」
男「君が思っているのは物件じゃない。いわくつきの物件だ。
なんとも悪趣味だと思っているよ」
不「だから?」
男「は?」
不「だから、何が言いたいんですか? 証拠がないじゃないですか。
確かに、私はこの物件をいわくつきにしました。その方が面白い上、美しいと思ったからです。
俗に言う、美術作品というモノを作ってみたかった。
それなら、私はアーティストですね。しかし、君は私を捕まえられない。証拠がないから。
探偵ごっこもやめにしましょう」
(待っていました、と言わんばかりに自信満々に男はポケットからスマホを取り出す。スマホの端にキラリと、光る謎の機能。
それは、ユーチューバーと自分を称して撮影していたあのカメラ)
男「随分と饒舌な人で安心しました。証拠ならあります。このカメラです。
君は見落としていました、僕がカメラで部屋を撮影していたことを。
先程の君の証言もバッチリ撮れました。これで、探偵ごっこはまだ続きそうですね」
(男はニンマリと微笑む)
不「確かに、証拠はありますね。それなら、あなたを─────」
(不動産屋は男の腕を掴み、外へ落とそうと上半身を押す。バルコニーの高さは、坂によるのも含めて五十メートル。落とされたら、死ぬのは間違いない)
不「殺せばいいだけのこと」
(男は力を振り絞って、落とされるギリギリで留まる)
男「随分と体を鍛えているんですね。驚きです」
不「あなたこそ、この状況でまだ喋れる余力は残っているのですね」
男「自分も鍛えていまして。そうですね。ゲームを…しましょうか。僕はこの証拠を僕の仲間に届ければ、勝ちだ。
君は、僕を殺して、 証拠を消せば勝ちだ。
それ…なら…僕がメールを送るのと、僕が死ぬの、どっちが早いかを競えばいい」
(そう男が言うと、一気に力を抜き、真っ逆さまで落ちていく。
その間に、男は死ぬ気で証拠を送ろうとする)
「 ───── ───── 」
(男は即死した。不動産屋はその遺体を見つめてから、拝む)
不「これで、終わりですね」
おしまい