DNA鑑定法なんて・・・
足利事件の犯人だった人が実は無罪だった。という話がニュースになりましたね。
冤罪で18年・・・気が遠くなるような年月です。
1990年と言えば、私はまだ19歳。まだ専門学校に通ってバカをやっていました。
今もバカをやってるという事は変わりませんが、あの日以降を刑務所で過ごしていて今年釈放されたと考えると、今後もう何やって生きていけばいいか分からなくなります。
記者会見の様子を見ると、怒りよりも無実を証明された喜びの方が大きかったように感じられたのが唯一の救いでした。あの方なら今後も前向きに生きていけると信じることが出来そうです。
刑事の無茶な取調べ・・・ドラマでよく見かけるアレは実在するのですね。DNAが一致したから強気の取調べをしたのでしょう。当時としては充分な捜査だった、という話でしたが本当にそうだったのでしょうか。
実は違います。
私の本棚に「科学捜査マニュアル」という本がありまして。
DNA鑑定についても書かれていました。
この本は1995年に初版が発行されていまして、足利事件についても記述されていました。
詳しくは買って読んでいただくしかないのですが、それによりますと専門家はDNAを「証拠の一つとして捉えるべき」。「現在の手法では信頼性にかける」などの論文や意見を出されていました。
専門的には当時の科学レベルではDNA鑑定に絶対の権限などなかったと考えられます。
また、DNA鑑定の弱点として
①あくまでも確立の範囲であり、指紋の様に100%個人を識別できない
②確立計算のためのデータベースが充分に確立されていない。
③人種や混血によってもDNA配列が異なるが、それが理論的に配慮されていない
などの問題点をあげています。
この本は1995年の本なので、現在はかなり改善されているのでしょうが
事件が起きたのは1990年の話なので当時のレベルはそれ以下と考えられます。
さらにこの本では足利事件にも触れ、他の証拠と合わせて提出すべきと思われるDNA鑑定の結果を
「唯一の切り札」として自白させて逮捕に至ったとの事です。
記者会見では髪を引っ張られたり蹴られたり・・・という事でしたが、言葉でもかなりどぎついことを言われたのでは無いかと想像しますが、そういうのも全てもみ消されたというのでしょうね。
再審請求に関しても、弁護団は被害者(元被告ですが、あえて被害者と書きます)の毛髪からとったDNA鑑定結果を元に本人のものではない。と再審請求をしましたが蹴られました。
理由は「本人のDNAであると断定出来ないから」だそうです。
「他人のDNAとも断定出来ない」のに・・・
本人の物と断定出来る証拠も合わせて提出しろ、という事でしょうか。
どうすれば本人の物であると証明すればいいのでしょう。
検察官なり専門家立ち会いの元、調べるしか無いと思うのですが。
どこが充分な捜査・審理だったと言えるのでしょう。
素人目にもツッコミどころ満載です。
こんなだから一般人参加の「裁判員制度」は生まれたのではないか、と思います。
アメリカから言われて始めた制度の様ですが、元々はこういう事じゃないかと思います。
そのうち刑事の取調べにも一般人が参加する「取調官制度」ってのが出来るかもしれません。
取調べを一般人参加で行って、色々と被疑者に質問したりする制度です(笑)
冤罪で18年・・・気が遠くなるような年月です。
1990年と言えば、私はまだ19歳。まだ専門学校に通ってバカをやっていました。
今もバカをやってるという事は変わりませんが、あの日以降を刑務所で過ごしていて今年釈放されたと考えると、今後もう何やって生きていけばいいか分からなくなります。
記者会見の様子を見ると、怒りよりも無実を証明された喜びの方が大きかったように感じられたのが唯一の救いでした。あの方なら今後も前向きに生きていけると信じることが出来そうです。
刑事の無茶な取調べ・・・ドラマでよく見かけるアレは実在するのですね。DNAが一致したから強気の取調べをしたのでしょう。当時としては充分な捜査だった、という話でしたが本当にそうだったのでしょうか。
実は違います。
私の本棚に「科学捜査マニュアル」という本がありまして。
DNA鑑定についても書かれていました。
この本は1995年に初版が発行されていまして、足利事件についても記述されていました。
詳しくは買って読んでいただくしかないのですが、それによりますと専門家はDNAを「証拠の一つとして捉えるべき」。「現在の手法では信頼性にかける」などの論文や意見を出されていました。
専門的には当時の科学レベルではDNA鑑定に絶対の権限などなかったと考えられます。
また、DNA鑑定の弱点として
①あくまでも確立の範囲であり、指紋の様に100%個人を識別できない
②確立計算のためのデータベースが充分に確立されていない。
③人種や混血によってもDNA配列が異なるが、それが理論的に配慮されていない
などの問題点をあげています。
この本は1995年の本なので、現在はかなり改善されているのでしょうが
事件が起きたのは1990年の話なので当時のレベルはそれ以下と考えられます。
さらにこの本では足利事件にも触れ、他の証拠と合わせて提出すべきと思われるDNA鑑定の結果を
「唯一の切り札」として自白させて逮捕に至ったとの事です。
記者会見では髪を引っ張られたり蹴られたり・・・という事でしたが、言葉でもかなりどぎついことを言われたのでは無いかと想像しますが、そういうのも全てもみ消されたというのでしょうね。
再審請求に関しても、弁護団は被害者(元被告ですが、あえて被害者と書きます)の毛髪からとったDNA鑑定結果を元に本人のものではない。と再審請求をしましたが蹴られました。
理由は「本人のDNAであると断定出来ないから」だそうです。
「他人のDNAとも断定出来ない」のに・・・
本人の物と断定出来る証拠も合わせて提出しろ、という事でしょうか。
どうすれば本人の物であると証明すればいいのでしょう。
検察官なり専門家立ち会いの元、調べるしか無いと思うのですが。
どこが充分な捜査・審理だったと言えるのでしょう。
素人目にもツッコミどころ満載です。
こんなだから一般人参加の「裁判員制度」は生まれたのではないか、と思います。
アメリカから言われて始めた制度の様ですが、元々はこういう事じゃないかと思います。
そのうち刑事の取調べにも一般人が参加する「取調官制度」ってのが出来るかもしれません。
取調べを一般人参加で行って、色々と被疑者に質問したりする制度です(笑)