「まず確認しておきたいのは」
私はヤマモト探偵に言った。
 「ヤマモト探偵は、先ほど、犯人はこの中にいる、とおっしゃいましたね」
 ヤマモト探偵は黙ってうなずいた。
 「でも、この部屋には今、あなたと私の二人しかいません」
 ・・・・・!「その通りだ、ワトソン君」静かにヤマモト探偵は言った。
 「私はワトソンではありません。理容師の張(チャン)真由美です!」
 私はいすの後ろの壁際で答えた。
 
「つまり、ヤマモト探偵は、すべての証拠や動機が私を犯人だと示している、そうおっしゃりたい」
「・・・・・・」
「でも、私は、私が犯人ではないことを知っています」
「・・・・・・」
「でも、犯人はこの中にいるとあなたはいう」
「・・・・・・」
「ということは、犯人はヤマモト探偵、あなただ!ということになりますね」
「・・・・・!」
「ヤマモト探偵、あなたは被害者を殺害した際、誰かに罪を着せようとしました。そのターゲットが私です。あなたは私が犯人であることを示すため、警察が見落とすような細かい証拠を自ら細工しました」
「・・・・・・」
「挙げられた証拠は、一見もっともらしいが、よく考えると支離滅裂です。なぜ死人のモミアゲを犯人が剃る必要がある?まつ毛つきコンタクトレンズをどうやって見つけたのか?ブログのダジャレのようなダイイングメッセージって何?」
「・・・・・・」
「あなたは私立探偵になりすまし、警察に力説したが、相手にされなかった」
「・・・・・・」
「そして、警察が逮捕した容疑者は、あなたではなかったが、あなたにとって最悪の人だったのです」
「・・・・・・」
「彼はあなたの知人です。そしてあなたが犯罪に関与したことを知っている。取調べで彼は警察にあなたのことを話すでしょう」
「・・・・・・」
「あなたのことを良く知らない、私を犯人に仕立て上げれば、貴方の身は安泰だったのに・・・」
「・・・・・・」
「あなたは自首を決意している。その前に私にすべてを話したかった。そうですね?」
「・・・・・その通りだ。ワトソン君。君も成長したね」
「私はワトソンではありません。それに初対面じゃないですか」
「いかにも、君が推理したとおりだ。私はこれから警察に行く。ただその前に一言だけいいたい」
「何ですか?」
「私は、難事件を解決するには、物的証拠が何よりも大切だ、木を見てさらに枝を見、さらにその先の葉の周りの毛を注意深く見なければならないといったが、君は、逆に、大木を見る方法で、この難事件の謎を解いたね。このことを、私は自分の探偵ノートにファイルしておこう」
「・・・・・・ありがとうございます」
「健闘を祈る。では」
 ヤマモト探偵は静かに出て行った。

「一件落着か・・・」その後ろ姿を見送りながら、私はつぶやいた。
「それにしても、危ないところだった。しかしうまくかかったな。後は彼がうまくやってくれるだろう」
 理容師で催眠術師の私、張(チャン)真由美はほくそえんだ。  (完)
 容疑者が警察に逮捕され、連行されて行った。室内にはホッとした空気が広がっている。
 「一件落着ですね」私はヤマモト探偵に言った。
 「一件落着?とんでもない」ヤマモト探偵は、鋭い目で前を見つめながら答えた。
 「え?今何と?」
 「だから、事件はまだ解決していないのだ。それに」ヤマモト探偵はマイルドセブンライトを一服し、煙を吐き出した。「彼は真犯人ではない」
 「え・・・たった今、連行されて行った彼は犯人ではない?」私は驚いて彼を見た。
 「警察は、もっとも基本的な誤りを犯した」ヤマモト探偵は解説した。
 「このような難事件を解決するには、アプローチが非常に大切だ。第一に現場に残された物証。第二に被害者の置かれていた状況と交友関係、そして被害者を殺害する動機だ」
 「警察は確かに、この両面から捜査を行った。しかし、そこから導き出された結論は、私に言わせれば極めて不十分だ。物的証拠を十分掘り下げない状況証拠からの推論、そして、いかにもありきたりな、ステレオタイプの価値観に基づいた、動機の推測と容疑者の特定。全くもって嘆かわしい。無実の人を、警察は罪人として拘束してしまったのだ」
 私はおずおずと尋ねた。「それでは、ヤマモト探偵はすでに真犯人が誰だかわかっていると・・・」
 「もちろんだよワトソン君。私には真犯人の確証がとれている。しかも、犯人はこの室内に居るのだ」
 室内の一同は顔を見合わせた。「犯人はこの中にいる?」

  ヤマモト探偵は、二本目のマイルドセブンライトに火をつけた。
 「では始めよう。まず、物的証拠だ。被害者の死体の周囲を私はくまなく調べた。このような難事件を解決するには、物的証拠が何よりも大切だ。木を見て森を見ず、という言葉があるが、名探偵の態度は逆で、木を見てさらに枝を見、さらにその先の葉の周りの毛を注意深く見なければならない。ワトソン君、あの時何かに気づいたかな?」
 「確か、あの時死体の周りにおびただしい血が・・・」私はおずおずと答えた。ちなみに私の名前はワトソンではない。
 「だめだねワトソン君。刺殺体の周りに血痕があるのは当然のことだ。その他のところを良く見てほしかった。彼のモミアゲを見たか?」
 「モミアゲですか?いや、気が付きませんでした」
 「あのモミアゲは剃った直後のものだ。周りの髪の長さからみて、散髪屋で剃ったものではなく、モミアゲだけを改めて剃ったものだ。被害者はおしゃれに関心がなく、散髪も2ヶ月に一度、1000円の床屋に行っているのみだったことが、彼の財布にあるお得意様カードからわかっている。つまり、被害者は殺害された直後に、犯人によってモミアゲを剃り上げられたとしか考えられない。」
 「つまり犯人はかみそりで被害者を刺し殺した後、モミアゲをそのかみそりで剃ったと?」
 「それはちがうね。胸を刺した刃物はもっと大きな包丁のようなものだ。このことが、何を意味しているか、わかるかね?犯人は、凶器のほかに、かみそりを常時持ち歩いている人物だ。しかも、殺害後に平然と、確かな上でモミアゲを剃っている。このようなことができるのは誰か?」
 ヤマモト探偵は、壁際に立っている理容師を鋭く見た。
 「えっ?私が犯人だとでも?わ、私がやるわけないじゃないですか」理容師はうろたえた。
 「では、この状況をあなたはどう説明する?」ヤマモト探偵は迫った。
 「どう説明しろといわれても・・・」理容師は口ごもった。「私にはアリバイがありますから」
 「確かにあなたにはアリバイがある。犯行推定時刻に、あなたは散髪を行っていた。順番待ちも含め、常連の客3名があなたの姿を見ている」
 「そのとおりです」
 「しかしそれは・・・。まあいい」ヤマモト探偵は軽く苦笑いした。
 
「先へ進もう。次に、被害者が倒れている横に落ちていたコンタクトレンズだ」ヤマモト探偵は、ポケットからハンカチを取り出して開いた。そこには、コンタクトレンズが一つあった。
 「えっ、コンタクトレンズが落ちていましたか?」私は驚いて尋ねた。普通の人は落としたとわかっていても、なかなか見つからないコンタクトレンズを、ヤマモト探偵は犯行現場で採取しているとは!さすが名探偵である。
 「被害者は目がいいのでコンタクトをしない。したがって、このコンタクトは犯人のものである可能性が高い。さらに重要なことは」ヤマモト探偵は続けた。
 「コンタクトにまつ毛が付着している。良く見ると、このまつ毛は毛先がカールされている。したがって女性のまつ毛と思われる」
 「えっ?つまり、犯人は女性?ということは・・・」
 ヤマモト探偵は、いすの後ろにいる真由美をじっと見た。真由美はカールされたまつ毛を激しく動かし、驚いて叫んだ。「私が犯人だっていうの?確かに私はコンタクトをしているけど、落としてなんかいない!」
 「このコンタクトや、まつ毛ががあなたのものかどうか、調べればすぐわかりますよ」冷ややかにヤマモト探偵は言った。
 「私はやってない!だいたい私は血を見ただけで気を失うくらい苦手なのよ!こんな残忍な犯行が出来るわけ無いでしょ?」
 「そのことは、すでに調べさせていただいています。確かに血はおきらいのようですな。しかしまあ・・・」ヤマモト探偵は三本目のマイルドセブンライトに火をつけた。
 
 「最後に動機だ。警察は被害者の交友関係から、友人間の金銭関係のもつれとみて、容疑者を犯人と断定したが、これも大きな間違いだ」ヤマモト探偵は目を細めた。
 「大事な点を見逃している。今や交友関係は、勤務先のリストや手紙やアドレス帳からのみ割り出すべきではない!」
 「というと?」
 「It's on the webだよワトソン君。現代の交友関係はブログの中にある。ちなみに被害者は”プリンちゃん”という名前でブログに入っていた。この意味がわかるかね、ワトソン君」
 「いや・・・わかりません」
 「これは彼のメッセージだ。いや、ダイイングメッセージと言ってもいい」
 「ダイイングメッセージ?」
 「この名前には、フリン(不倫)・チャン(張)、つまり、張という人が不倫をしている、ということを暴露する意味が含まれている。犯人は、被害者に間接的に不倫をバラされたことを恨み、口封じのために殺した」
 「ということは犯人は・・・」
 ヤマモト探偵は、横を向いている張(チャン)氏をまっすぐに見詰めた。
 「私ガ犯人?アリエナイデショウ」張(チャン)氏はしどろもどろに言った。
 「被害者はわれわれにしっかりとメッセージを残したのです!」
 「私ハ、不倫モシテイナイシ、殺シテモイナイ」
 「確かに夫婦仲はいいようですな。ふっ、かといって・・・」ヤマモト探偵はクックッと笑った。

 「以上のことから、犯人は一人に絞られた。犯人は間違いなく、この中にいる。ワトソン君、君にも情報はくまなく伝えた。犯人が誰かわかったかね?」ヤマモト探偵は私に静かに問いかけた。
  
 「情報は揃っている・・・。犯人はこの中に・・・」私は頭の中で繰り返した。
 そして、しばらくして顔を上げて言った。「ヤマモト探偵!わかりました!」
 (つづく)