まだまだ暑いですが、夏休みも終わりとして、今週からブログを再開します。
  いつのまにか、私の喉には悪魔がとりついていた


私は物心ついたときからどもっていたような気がします。
私は自分がどもるということに気づいたのは、小学校1年の時だったと思います。


私はもともと、よく言えば積極的な性格、悪く言えば、落ち着きのない
そそっかしい性格だったようです。
すぐにけんかをするというところもありました。
これも、よく言えば(よく言う必要なんてないでしょうが(笑))、負けず嫌い
ということになるのでしょうか。


私は未熟児で生まれたらしいのですが、そのため(と私は思います)私には
子供のレベルにおいても、社会性が育たず、いつまでも幼稚なままだったようです。

私のこの未熟な性質のためだと思いますが、親は私を幼稚園に入れたがったのですが、
私がどうしても行こうとしないので、ついに幼稚園には行かずじまいでした。


また、小学校に入ったあとも、なかなか学校に行こうとしなかったようです。
もちろん、勉強は全然しないのですから、どうしようもない子供だったのです。
ひらがな、カタカナ、それから簡単な漢字は2年に上がる春休みに姉に教えられたのを
覚えています。


私が小学校に入る前、入った頃、私の両親はかなり激しいけんかばかりしていました。
その後両親は離婚することになるのですが、家の中はいつも両親のけんかのために、
不安と恐怖が支配していました。


そんな不安が渦巻く家庭の中で、私はいつのまにかどもるようになっていたのです。


不安や恐怖が吃音の原因になるということはよく言われますが、私はこれは真実だと思います。
本で読んだのですが、アメリカのある吃音者は、4歳の時、家が火事になり、その時以来
どもるようになったということですが、こういうこともあると思います。


不安や恐怖がつのると、その人の一番弱いところに、その影響が出るのではないでしょうか。
私はたぶん、もともと落ち着かない、せわしい話し方をしていたのでしょう。
私が幼い頃、家を支配していた恐怖と不安が、私の一番弱いところ、話し方のところに
強い影響をあたえたのだと思います。


PS 昨日、キリスト教のある宗派の人に会いました。
50歳代、とても感じのいいオジサンでした。
それで、とても敬虔な信者で、布教活動に熱心に取り組んでいました。
このオジサンは明らかに吃音者でした。
でも、あの明るさ、あの率直さ、あのエネルギー、とても魅力のあるオジサンでした。
女性にもてるかどうかは定かではなかったですが(笑)・・・・
吃音者の心

このバカみたいに暑い中、吃音者の心という思いテーマについて
しばらく書いてみたいと思います。


それには、まず吃音者である自分自身の心の内を
明らかにするのが一番いい方法だというのは当たり前のことですね。

なぜ吃音者には魅力的な人が多いのか、ということも分かったくる
かもしれません。
私自身が魅力的な人かどうかは、全然わかりませんが(笑)