八月二日 水曜 晴 起床 三時十五分
就寝 七時三十分
朝目がさめておとうさんに何時かきいてみると三時十五分だといったので、
わたしは、すぐおきた。
二、三人だれかおきていた。太陽を見ると、島のむこうにあって赤い
きれいな色をしていた。
岩にのぼって海を見ると波が岩にぶつかっていた。朝ごはんを食べて、
三十分ぐらいして泳ぎにいった。ちょっと歩いていくの(正:と)
水のそこに岩があったのでうきわを使ってあそんだ。それから、昼の
べんとうをもって、島に貝をとりにいった。
島について十五分もたたないうちに海の水があがって、ボートの所は
波が少し高くなったのですぐもどった。
帰りは、みんなバスの中でねむっていた。
レーヨン前でおりてわたしと妹はおとうさんから、お金をもらって、
南延岡行きのバスにのった。
ぎおん町付近でまどの外でオート・バイの音といっしょに
「○○○ちゃん。」(arakanのこと^^)と声がしたのでふりむくと
おとうさんがバスの前をオート・バイにのって走っていた。バスがおとうさんを
ぬいて、とまった。またおとうさんが手をふりながら、通った。こんなことが
営業所につくまで四回ほどあった。
その日の夜は、早めにねた。
当時のバスは冷房なしが普通で、窓から吹き込む熱いぐらいの風と
カブ号の音、父の声、妹と二人で窓から手を振ったこと。
どちらかというと、堅苦しく寄り付きにくい父だったので、
強烈な記憶として残っています。