写真家の奈良原一高さんが、介護施設で亡くなった。 88歳だった。
とても好きな写真家の一人というより、私が写真を観るときのスタンダード? 奈良原一高以上、奈良原並み、奈良原以下…になっている。
最近、このブログの花の写真を撮るために、トイカメラのIXYを持ち歩いているが、道端の花にさえも、「ナラハラ」を意識して、シャッターを押す。 アングル以前の超初心者が…笑っちゃうね。
でも、だから、奈良原さん死去はショックだ。
私は、社会主義?的なリアリズムの写真は苦手で、ヒロシマとか水俣の展覧会に行くと、生々しい被害者の写真がすごいとは思わない。 チラッと見て、すぐに通り過ぎる。
奈良原さんの写真の静かで構成的なところが、私には、いちばんピッタリとくる。 奈良原さんの写真の前では、時間を食う。 そして写真から音がきこえてくる。
奈良原さんは生前、「写真を撮ることによって考えていきます」と、語っている。 主張が先にあるのではなく、レンズを通して考えるのだ。
「自分の遭遇した世界。そのコンセプトと写真の出会いを見せているだけ」という、ドキュメント写真の数々…。
今、奇しくも、奈良原一高さんの、3つの写真展が開催中だ。
体調が戻ったら、駆け込みで言ってみたい。
1月26日まで 世田谷美術館
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/blog/entry.php?id=blg00111
「スペイン・偉大なる午後」
2月2日まで 日本カメラ博物館 フォトサロン
https://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/2019/11/13/21589/
「人間の大地/王国 Domains」
2月2日まで 東京国立近代美術館
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/permanent20191101/#section1-2
「無国籍地」