今、世界が必要なものは愛、やさしい愛
愛だけがあまりにも少なすぎるから
今、世界が必要なものは愛、すてきな愛
一握りの人の為じゃなく、皆の為の愛

神様、余分な山はいりません
登るための山も丘も十分あるんです
渡るための海や川も十分あるんです
この世が終わるまで十分にあるんです

神様、もう、これ以上農場はいりません
充分に収穫できるとうもろこし畑も麦畑もあります
輝く太陽の光も月の光も十分あるんです
だから神様、耳を貸してください
もし、知る気のあるのなら・・・


                     ◇

今日、あまりに春の陽射しがおだやかだったので

仕事をさぼって近所の公園まで散歩しに行きました。

その時、たまたまiPodで流れていたのがこの曲。

バート・バカラック、ハル・ディビッドの黄金コンビの中でも

出色の傑作だと思います。

たいていの人はディオンヌ・ワーイックのバージョンでご存知かと思いますが

オリジナルはこのジャッキー・デシャノン。

先日、山下達郎氏がラジオでこの曲をかけて

やはり、このバージョンがいいとおっしゃっていました。

発表されたのは1965年。

アメリカがベトナム戦争に本格参戦し、公民権運動がピークを迎えた年。

マーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺されたのはその3年後です。

当時のアメリカには無垢な愛が必要でした。

この曲を聴いて、今、まさに満開という桜を眺めながら

私が気がついたことがひとつありました。

現在の日本は愛で溢れています。

それは被災者に向けての愛です。

でも、被災者の方々が愛だけを求めているというわけでもないと思うのです。

彼らに必要なのは、むしろ安心であり、保証であり、お金であり、希望なのです。

しかし、幸いに被災しなかった私たちにとっては

今まで誰にも言えなかったこと

長い間胸の奥にしまってきたこと

そう、誰かに対して愛を与えたいという欲求を

いまならそのまま表してもいいのだと

やっと、素直に思える時がきたのではないか…。

そんな風に思えるのです。

今回の地震で、たくさんの方が亡くなり

たくさんの方が生活を失い

日本は悲しみに覆い尽くされましたが

その代わり今は

その悲しみをすべて抱きしめてあげられるほどの

愛に溢れています。

私はそのことを、これから先

一生、忘れずにいたいと思います。