組織の闇をじわじわ感じ

重圧と無力感でいっぱいだった私。

異国の地で見つけた大切な居場所や大好きな仲間が

見えない何かに襲われ奪われていく喪失感なのか 

悲しくて腹ただしくてどうしようもありませんでしたむかっ爆弾


一番近くで支えてほしかった夫との間にも

いつしか深い溝ができていましたショボーン

この話をすると必ず口論になりましたあせる


「僕がやるから、君は何もしなくていい」

そんな言葉を聞き、少し安心した翌日には


「何も起こらないということは、そういうことなんだよ」

「組織はそんなに簡単に撤回したりしない」

「しばらく僕は何もしない」

などと、コロコロ変わりました。


僕がやるっていったよね?

と詰め寄ったら、


「僕はあなたのためではなく、自分が疑問を晴らしたいと思って会長にメールした。

あなたも署名運動でもなんでも好きにやったらいい」



その言葉を聞いた時、気づきましたひらめき電球

何がこんなにも腹ただしくてかなしいのか。


夫がなんとかしてくれると期待している自分うさぎ

ただ夫のコントロール下にいるだけの

許可をもらわなければ動けない自分キョロキョロ


向き合うべきものは、理事でも事務局長でもない。

「私の中の声」でした目


駐在帯同という立場は

いつの間にか私自身を小さくしていましたダウン


肩書きは夫のもの。

責任も、決裁権も夫の世界にある。


私は横にいる人。


それが長く続くと、

自分で決める筋肉が衰えてしまいます。


いつしか私は、

「どうせ私には...無理」

と、自分に言い続けるようになっていました。


でも、決して誰かに止められていたわけではないのです。

私自身が止まっていたのです汗



「好きにやったらいい」


その言葉の裏には

でもできないだろうニヤリ

最後は僕に委ねるだろう照れ

という夫の本心はありありと見えました。

しかし、逆に

私の中にあった「夫の機嫌」というブレーキは

ふっと消えましたDASH!

「ここで何もせず、帰国🇯🇵になったら

私は一生、後悔するし自分を嫌いになる」

と思いました。


私はパソコンに向かいました。


これまで目にしてきた不正の事実、ガバナンスの欠如など一会員のとしての懸念点を綴りました。

特定の個人を非難したり、

処分を求めるものでもなく、

理事会共有のお願いとして

会長以下理事全員をCCに入れてメールをしました。

一部の理事による揉み消しや、知らなかったという言い訳を封じるためにもグー


夫には事後報告でした爆弾


「よくそんなことやったね」


賞賛ではありません。皮肉ですねむかっむかっ



理事全員へのメール、

送信予約をし、何度も時間を変更したり、

取り消してみたり。


夫はどう思うだろう。

駐在社会で浮くかもしれない。

理事たちはどう受け取るだろう。

いや、完全にスルーされるかもしれない。


でも、それでも

記録を残す、一石を投じることを選びました。


波風は立ったし、夫婦の間にも未だに

微妙な空気は流れておりますダウン

どういう結果になるかもわかりませんドクロ

でも微塵も後悔はないですチョキ



若い頃は、挑戦が未来を広げるクラッカー

でもアラカン世代にとって

挑戦は“自分を取り戻す作業”だと感じますニコニコ