ゴールディンウィークも終わりですね![]()
明日は☔のようですね。
先日、Facebookを覗いたら、知人の一人が久々に投稿していました。
彼女は友人数人とNPO法人を立ち上げながら
介護士派遣業もやっています。
そしてご自分も利用者さんの家を回って介護支援・お世話をされています。
彼女の久々の投稿を読んでみると
ご自身が直接お世話をしていた98才のおばあさんが亡くなった事
最後の朝、いつものように御身体を綺麗に拭いてあげたら
穏やかなさっぱりした表情で
あ~
と、小声で一言だけ言って
彼女に託して眠られたそうです。
3年間、毎日朝晩の2回お世話したそうです。
彼女の投稿から察するに
お亡くなりになった98才の利用者さんは認知症ではなかったようです。
3年間、2人でたくさんの会話をし、たくさん笑い、
たくさんの事を教えてもらい、たくさん励ましてもらい、
たくさん慰めてもらい、
たくさん受け止めてもらった事への感謝が綴られていて
そして、
頼りない自分で本当に宜しかったのだろうか
まだ、何かして差し上げるべき事があったのではないだろうか
でも、私はあなたとお会い出来て幸せでした。
と書かれていました。
私は心から素直な気持ちで彼女の投稿にコメント入れました
お疲れ様でした。
きっと利用者さんも同じ様に
あなたと出会い、
あなたにお世話してもらって幸せだったと思っているはずよ
そして読み終えて、いえ、読みながら
自分が社長の世話をしていた9年間を重ねながら
何とも言えない気持ちになりました。
彼女は3年間、朝晩2回のお世話をしたけど
私が社長の世話をした時間は9年間、平日9時から17時まで。
実に彼女の3倍の時間を社長に仕えた。
けれども、この先、社長が亡くなっても私は泣くことはないと思う。
社長が施設に入る事が決まっても、
特にホッとしたわけでもなければ
彼女の様に、
まだ何かしてあげる事があったのではないか?等とは猶の事思わず。
そんな自分と彼女を比較して
何と表現したら良いのか適切な言葉がみつからないのですが、
だからと言って彼女が羨ましいわけではなく、
では、自分で情けない、社長に対して申し訳ないとかでもなく、
聞きようによってはまるで他人事の様ではあるけれども
最後の最後まで憎しみと恨みの感情が残った事に
9年間の月日が色あせて、とても残念で、空しさを感じました。
そんな事をボ~と考えながら、悶々としていると
彼女も私が入れたコメントの返事を読んだらしく
コメント返信ではなく、直接📱にかかってきました。
彼女は私の社長の事を知っています。
というよりは、社長を通じて彼女と私は知り合ったのです。
社長はいかがですか?
という彼女の問いに、施設に入った事を告げると驚いていましたが
今度は彼女から
お疲れ様でした。
あの社長の介護は相当大変だったとお察しします
と言われました。
私は社長の世話が自分の手から離れても、
あなたのような優しい感情を持てない
と本音を彼女に言うと、彼女は言ってくれました。
自分も何人もの利用者さんと接し、世話もし、お見送りもしたけれども
利用者さん全てにこのような感情が抱けるわけではない
はっきり言って、もし、自分も社長の世話をしていたら
今回亡くなった方のような感情は持てなかったわ。
彼女は5年くらい前までは
社長が海外出張の時は同行してもらっていた人でした。
同行回数が増えるごとに社長の傲慢が増して
最後は彼女が社長の度重なる暴言にブチ切れて
それ以来社長の同行を断られた経緯があって
社長の性格をよく知っているのです。
でもね、この連休中は好きなDVDもゆっくり観る時間もあって
私、歴史物のドラマとかヤクザ映画が好きなもんで![]()
お殿様やヤクザの親分も我儘傲慢な人も多いでしょ。
その側近たち、絶対の服従で
そしてどんな時でも親分のため、お殿様のため命を掛ける
そんなシ~ンを観るたびに
自分には出来なかった、
成し遂げられなかったという思いが付きまとってしまうのよね・・・
