今日大相撲秋場所が開幕した。


麻薬問題に揺れ、力士3人を解雇、理事長が辞職するという波乱の後の幕開けである。


大相撲の土俵は神聖なものとされ女人禁制で知られる、開幕日の前日には神事が催される。


また土俵の建立の際には、その真ん中に勝栗や昆布、米、スルメ、塩などが神への供物として奉じられる。


それは国技である相撲が、昔ながらの日本文化を色濃く残しているからである。








日本人にはコメに特別な感情が込められた逸話がたくさん残されている。


代表的なものでは、水戸黄門が旅をして水戸へ帰る途中、米俵の上に腰を掛けた、それを見た百姓の婆さんに火吹き竹で撲られている。


後にこの百姓の婆さんに何らかの処罰が下されていたとすれば、この様な逸話は残されなかっただろう。


ましてや徳川光圀は、「大日本史」の編纂事業や、中国から儒学者を招き、儒教思想を普及させるのだから、ここで百姓の婆さん罰し、自らの非を減じるようなことはできなかったにちがいない。


日本人はコメに懐く(いだく)特別な感情と言うより、それは寧ろ稲作イデオロギーとも呼べるものであったろう。


新嘗祭は天皇が五穀豊穣を感謝する祭りだが、それは天皇が農業神の祭司であったことを意味する。


コメは単に食料の一つではなく、価値観の源泉でもあり、江戸時代に至っては米本位制でさえあった。


そしてそれは、コメの一粒として決して無駄にしてはならないという教えを補足するものでもある。



米同様相撲にも日本人の価値観が色濃く投影される。


「武」は常に強い兵士の要請といった側面があった、江戸時代以降内乱も、外国からの侵略に遇うこともなく


平和の中での「武」は求道者的精神を必要としたのだ、横綱の品格には、相撲道と相通じ、単に勝だけではない、横綱らしく勝つことが求められる、横綱らしい勝負に対する価値観は、日本文化の伝統に根ざしたものでなくてはならないからだ。



大相撲秋場所初日、満員御礼の垂れ幕が揺れていが、この満員御礼は,日本文化の伝統を受け継ぐことへの期待が込められたものであることを、興行関係者は忘れてはならないだろう。


武蔵川理事長が中入り前のあいさつでファンに謝罪し、「今後は日本相撲協会が一丸となり、一人一人が自覚を持って再発防止に努めていく」と、あらためて出直しを誓った。


また前日には審判部の全親方に、「マナーの悪い力士へは、呼びつけて注意して欲しい」と述べていた。




日本文化を承継する事業は、それぞれ「道」という哲学を乗せながら、時代の変遷のなかで生きている様に、日本相撲協会も一人一人の自覚を促すならば、相撲道という呼称をもっと多く使った方が効果的とも思えるのだが....



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