ブログネタ:ウナギ、食べた?
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今日8月5日の日経新聞によると、豆腐屋さんの廃業が相次いでいるという。
原油高に端を発し、バイオ燃料としてのとうもろこし価格が上昇し、それに引きずられるように大豆価格も上昇し、
経営危機が訪れたようである。
大手の豆腐製造業者は、設備力を背景に豆腐の優れたパッケージ力で、賞味期限の永さと、持ち運びの良さ、
そして大量生産による価格競争力で、家内業として営む豆腐屋さん達を追い詰めたが、家内業として営む豆腐屋さん達も、大豆の産地や、手作り、というブランドで対抗した。
しかし遂にここに来て景気減速局面を迎え、原料高に伴う値上げという図式は、消費マインドを徹底的に冷え込ませた市場となってしまったのである。
この市場では自分達がが生きるための方途が見つからないとして廃業するのだろう。
イギリスの哲学者・経済学者・法学者のジェレミ・ベンサムは「最大多数の最大幸福」を唱えた、そのベンサムの哲学の本質は功利主義にある。
キリスト教のカルバン主義は、儲けた利益を再投資することを、ジョン・ロックはさらに、それで快楽に使っても最後は神が調和するから構わないと説いた。
こうした考え方を踏襲して、ベンサムの功利主義「快楽や幸福をもたらす行為が善である」が生まれている。
つまり縛るものがないのである。
当然そうなれば資本の多寡が生死を分けるのである。
さて前述の豆腐屋さんの場合、より多くの人に安く豆腐を提供する大手の豆腐製造業者が、最大多数の側に位置するのだろう。
原油価格の値上がりにより電力会社もガス会社も赤字である、こうした中今後は公共料金の値上げが必至の状況にある、人々は一斉に消費の中にある「ぜいたく」という文字の付いたものから消費を削減することだろう。
生活者である私たちの収入の拠り所は、大半の人が何らかの「ぜいたく」と感じる何かを付加した事業から収入を得ているにも関わらずにである。
「最大多数の最大幸福」を選んで進んで来たはずだった。それなのに誰も幸福に行き着けないというこのロジックを、もしベンサムが生きていたらどう説くだろう。
つまり早い話し今の私たちは恐慌の2歩手前くらいを歩いているのである。
ベンサムが生きた18世紀に比べ、社会インフラは驚く程整った、しかしこの世界誇る東京も58mm/hという雨の前には、なすすべもなく、人災を伝えるニュースが豪雨のようにインターネットの見出しとなっていた。
松本サリン事件被害者の河野義行さんの奥さんの河野澄子さんが亡くなられたそうである。
「日本の黒い夏」として映画化されたが、来年からは裁判員制度も始まる。
刑事事件に係るマスコミや警察は、無垢の民を縛る力を持つだけに、どのように自制するためのシステムができているのか、その内容を開示する義務があるだろう。
河野澄子さんのご冥福を祈ります。 合掌
私達の住むこの社会は便利さの代償に多くのものを失っているようだ。
いいニュースもある、米商品市場は軒並み下落しているようです。
また豆乳製造時にできる「ゆば」はイソフラボンが豊富で、フェイスパックとして美容に最適のようです。
写真は湯葉料理
モンペルマン・ソサエティーの総会が東京で9月7日から開催されるそうである。
自由主義経済が進展する一方で弊害として発生した地球環境問題、格差問題、貧困問題をどう乗り越えるか、世界の自由主義経済人が集まりその処方箋をだすための議論が交わされる予定である。
ウナギ、食べた?今日は2度目の土用の丑の日(二の丑)らしい。 今日は豆腐さ
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http://ameblo.jp/araisono/entry-10111280839.html
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