6月19日20日を経て、感情の整理を付けたいのと
忘れることのないように、備忘録の意味合いを込めて
化石コンテンツと化したアメブロで長々と言語化します。
文字が太くなったり、写真が差し込まれる等の事は一切ないので
読みづらい文章になるだろうと思いますがよろしくお願いします
周知の事実なのでネタにしてもらって構わないんだけど
大号泣しました
しっかり恥ずかしいくらい泣いた…こんな予定じゃなかった。
約10年間読みづらい地名の大角豆(ささぎ)にあるパークダイナーに通い詰めて
確実に僕の人生を大きく変える場所で、
移転という未来は明るい話で、ネガティブな思考はまったくないのですが
寂しいというか嫌というか言葉にならない妙な感情がやっと来てしまった。
皆が移転の話の時に寂しいだったり、悲しいだったり言ってて、
でも全く実感がわいてなくて、きっと片付けや移動が終わりかけの全部空っぽになった建物を見て
僕はやっと実感するんだろうななんて思ってたんですが、
6月20日朝パークダイナーに行った時から感じた空気が、
なんだか少しピリッとしてて妙な気持ちになるのが気持ち悪かった。
10年前にパークダイナーに初めて足を踏み入れた時は
19歳か、20歳そこそこで元々underDOGのVoの徹がILLWILLの隼さんにかわいがってもらってたのもあり
ライブハウスってどんなとこなのよ。くらい何もわからず足を踏み入れて、
多分メンバーの中で一番夢を見てなかったし、大学卒業するまでやるか。
くらいの感じの軽い気持ちで踏み込んだ。
徹もパークダイナーは東京とかでライブやるための練習する場とか言ってたし
ほんとに軽い気持ちでしかなかったです。
多分だけど記憶にある人生の1回目の転機はきっとILLWILLを見た時で、
全然聞いてこなかった音楽のジャンルで、上手いとか下手とかわからないけど
なんか刺さっちゃって、バンドにはまりだした。
何かのスイッチが入る音は聞こえなかったけど、単純にかっこよかった
こんなライブがしてみたいって思った。
そこから悪徳レーベルみたいなとこに捕まって毎月お金めっちゃ払ってライブして
お金払う事が頑張ってる事なんだみたいに勘違いして
今思えば地獄のような時間も過ごしたりしながら
ライブを続けて、パークダイナーに戻って店長の岡野さんに相談したら
「やっと気づいたか」的な反応で最初に来た時と同様に受け入れてくれた。
ここら辺からはじわじわどっぷりパークダイナーに浸かってったんだと思います。
振り返りのようなものをいちいちしてたら大変なので割愛しますが、
パークダイナーでバンドにはまり、就職したものの土日仕事が休めず
ライブできないからとすぐにやめて、別の仕事を見つけてライブを続けて
岡野さんにパークダイナーで働きたいと言って働かせてもらい
パークダイナーの徒歩5分のとこに引っ越して初めて一人暮らしを始めました。
ここ最近の5年間くらいは間違いなくというか物理的にも大角豆中心に生きてた。
詳しく話すと多分働きたいなんてはっきり言えてない。
お酒の席でTHE BLENDERの翔太さんを交えて
「あの…なんか…お手伝い的なの出来れば…」くらいしか言えなかった
岡野さん怖かったんで。
スタッフとして働きだして、ますますパークダイナーに浸かって
当然のように色々あって、6月19日20日を迎えて
何よりうれしかったのは、そこでステージに立っていたこと。
underDOGで19日THE BLENDERで20日
両日立てたことがまず、嬉しかった。
ここで生きてた事を、何かを残すチャンスがあった事が嬉しかった。
やってやる。奇跡みたいな日にしてやる。
そう思って両日挑んで、
本当に最後の最後THE BLENDERのラストの曲「Baby It's You」の時
めちゃめちゃ叫んでた。横にマイクなくてよかった。
ギターソロの時ありがとうってすごい叫んでた。
さっきライブの動画見返したらギターソロでありがとうって聞こえた。
ビックリして巻き戻したら翔太さんも叫んでた。嫌な気持ちになった。
出てきた言葉はありがとうで、それが全てだったのかもしれないって思いまして、
これを書こうと思い立った所存です。
来てくれた皆様、そしてあそこに立たせてもらったこと、
10年間僕の人生を蝕んでくれたピンク色の建物
全部にありがとうとしか言えなかった。
灰色ロジックの半田が言ってた嫌なとこも全部愛しいって言うのが、
共感しかできなくて、だから移転っていうポジティブな内容なのに
こんなにも寂しいのかと思って、やっと大角豆の建物を愛してたんだと気づきました。
そこからはもうなし崩し的に、Pink-HOUSEを見てるときに
終わっちゃうんだって、この場所の高い天井、2階から見てる人
そういうのはもうなくなるんだって思ったら涙が止まらなかった。
僕はもっとドライでヘラヘラ出来ると思って泣いてる人を慰めるんだくらいに思ってたのに
多分だけど1番泣いた。ぐっしゃぐしゃになるくらい泣いた。
岡野さんがライブ終ってギター渡してくれた。
来てる人にごめんなさいって思った。
泣いたせいで、あのギター受け取るの楽しみにしてた人がいるのに
僕が受け取っちゃったよって思って。
しかもなんもできなくて、ギター貰っても虎舞竜のロードの簡単アレンジくらいしか弾けないし
袖で立ち尽くすしかできなかったのも申し訳なかった。
アンコールの最後の音が鳴り終わった時。全部終わったんだと思って
でももう泣きすぎて逆にすっきりしてて、たくさん酒を飲んだ。
こんなことできるのも最後かもと思って、飲み終わって帰ってきて、徒歩5分の家に帰らず
こっそりパークダイナーで寝た。エアコンで喉が死んだ。
これから7月のプレオープンに向けて
バタバタする日々を過ごすことになるんだと思うから。
あそこでの思い出とかそういうのはここで書いたことで消化して、
今度は最初から。
歴史の分岐の最初から携われるから
なにか産み出してやろうって思ってるので、
新店舗になってもよろしくお願いします。
長々と書いてしまったんですが、ちゃんと読める文になってるか自信がないので
最後まで読んでくれた方いましたら多分TwitterでURL貼るので
読了って添えて引用RTでもしてくれたら嬉しいです。