砂漠を越えて 深い海を往き 空を歩いて 
  
 もう一度 
  
 空を飛び 深い海に潜り 灼熱の砂漠を歩いた所に 
  
 その場所はある らしい 
  
  
  
  
 何時もの遊び場。 
 辺りは夕焼けに染まる。 
 裏路地を曲がるとそこには金色の野原が広がっていた。 
 不思議なくらい楽しくて楽しくて、何処までも歩く。 
 何処までも何処までもどこまでも―― 
  
  
「やぁ、はじめまして君は……○○○ちゃんだね」 
 優しい声で目が覚める。 
 黒いスーツを着込んだ不思議なウサギに話しかけられているよう 
だ。 
 シルクハットの重みで、長い耳が変な形に――角度に変形している。 
 第一印象は痛そう、だった。 
「何で私の事を知っているの?」 
「そりゃあ、知ってるさ。ボクはここの司書長だからね。 
 と、言ってもボクしか居ないんだけどさ」 
 その目と同じ赤い舌をちろっと見せて惚けて見せる。 
「『セカイ書庫』で判からない事をなんてないさ。そしてその全て 
を把握してるのがボクさ凄いだろう? んー。拍手はまだかい?」 
 ぱちぱちと手を叩くと心底嬉しそうにいう。  
「ボク達よい友達になれそうだね」 
 そう言った。 

 三百六十度、見渡せる荒野。 
 その真ん中に塔があった。 
 突如現れたような円柱は何処までも高く螺旋のように天へ伸びて 
いる。 
 生き物の気配はなく、見渡す限りの地平線。 
 空にあおい月。 
「此処から――『静かの海』から見る月はとても綺麗なんだ」 
 彼はよくそんな事をいっていた。 
  
「○○○ちゃんお菓子の時間だよ」 
 金色の懐中時計を見ながらいう。 
 ウサギさんはとても規則正しい生活をおくっている。 
 彼の作るキャロットケーキは頬っぺたが落ちるほど美味しくて、何 
時も食べ過ぎた。 
「そんなに美味しいのかい? ボクは食べれないから分からないけ 
ど、美味しいのは知っている。ボクは何でも知っているからね」 
  
 ふと疑問に思ったこと。 
「ここにずーと一人で寂しくなかったの?」 
「何を言うんだい。ここには全てがある。全てが分かる場所。寂し 
い訳なんてないさ」 
 泣いてもいないのに真っ赤な――赤い目が、お気に入りの金色

の懐中時計と、青い月を見て、私を 見る。 
 何時も明るいウサギさんが、少し寂しそうに見えた……。 
  
 楽しい日々で何時からここに居たか思い出せない。 
 数日だったような、数年だったような気もする。 
「私、帰らなきゃ。なんで今まで忘れてたんだろう。お父様もお母 
様も心配されているわ」 
「そうだよねぇ……うん帰らなきゃ駄目だよね」 
 何時もと変わらないウサギさんが、とても悲しそうに見えて、放 
っては置けないと思った。 
「一緒に帰らない? お父様もお母様も皆も、すごくすっごくいい 
人達なの。きっと貴方の事、気に入ると思うわ」 
「んー……ごめんね。ボクはここから動く訳にはいかないんだよ」 
「嫌……そんなの、嫌。ウサギさんが居ないなんて、私耐えれな

い……」 
 私はわんわんと泣く。 


「ごめん、ごめんよ。ボクも一緒に行くよ。 
 だって君は、はじめてのお友達だもんね」 
  
 ドアを幾つも開けて奥まった部屋へ。 
 私がここに来た出口――クローゼットがある。 
「よく想像するんだよ。 
 あの金色の野原を――入り口を――終点をね」 
「本当に一緒にいってくれるの?」 
「手を離さないから安心して、ずっと一緒だよ。ボクはずーとずー 
と君を見てるよ」 
 奇妙な言い回しをしたのを、そのときの私は気付きもしなかった。 
 クローゼットを開ける。 
 まばゆい光が溢れ出す。 


  
 そこへ―― 


  
 そこは見覚え場所。 
 私の世界。 
 金色の野原。 
 隣には誰もいなかった。 
 手に優しいぬくもりだけが残っている。 
  
 私は急いで家に帰る。 
 あの日から、あの時から少しも時間が経過していないのに、まず 
驚いた。 
 両親にその話をすると、夢を見ていたんだねと笑われた。 
 小さかった私はそんな気がして、その事を奇妙な日々の事を忘れ 
ていった……。 
  
  
  
  
 ――月日が過ぎて。 
 大人になった私はふとした事で思い出す。 
 奇妙なセカイ。奇妙なウサギさんの事を―― 
 彼は今でもあの塔にいるのだろうか? 
 居ても立ってもいられなくなって、金色の野原を探しにあの場所へ、

何度も行ったけど、ついには見つけれなかった。 
 小さい頃の記憶だから当てにならないかも知れないけど、その場 
所に、裏路地にあんなに何処までも歩けるような広いスペ ースも野

原も見つけれなかった。 

『ボクはずーとずーと君を見てるよ』 
 その台詞を思い出すと涙が出そうになる。 
 きっとウサギさんは、初めての友達を得て寂しさを知ってしまっ 
たんだ。 
 この世界には居てはいけない存在。 
 夢の中の住人。 
 なのに私についてきてくれて―― 
 そして、私の我が儘で消滅してしまったんだじゃないだろうか? 
 最初から全てを理解していたのにも関わらず。 
 私の為に―― 
 だって、あの暖かな手のぬくもりはこの世界の入り口までは確か 
に感じてたのだから。 
  
  
  
 ――また、月日が過ぎて。 

 そんな思いすら忘れかけた頃だった。 

 娘の帰りが遅い……。 
 心配していると元気な声。 
「ママ~ウサギさんと遊んできたんだよ~」 
 私は馬鹿にせず、興奮する娘の話を聞き終えてから、 
「うん、良かったわね」 
 優しく頭を撫でる。 
 隣にいた彼も馬鹿にせずに聞く。 
「そうかそうか、素敵な経験をしたね。キャロットケーキは美味し 
かったかい?」 
「ん? パパ何で知ってるの?」 
「うーん、パパは『何でも知っているからね』」 
 娘はぱっと明るい表情になる。

「パパ。ウサギさんみたい!」 
  
 その夜は三人で手を繋いで寝た。 
 夢の中で懐かしい優しいぬくもりに出会えた気がして、とてもよ 
く眠れた。 
  
  
  
  
「やっぱり君もか? 
 僕もね。あの場所にいったことがあるんだ。 
 人の言葉を話す不思議なウサギと遊んだよ。 
 生まれて初めての友達、○○○って少女の話をよくしていたよ。 
 とても優しい赤い瞳で、金の懐中時計を見ながら、青い星を見な 
がら寂しそうにね。 
 彼女と一緒に行く約束が果たせなくて残念だって何時も言ってた 
よ。 
 僕はその見たこともない少女に焼き餅を焼いたものさ。 

 そんな君と今は共に歩んでいる。 
 娘もいる。 
 不思議な気分だよ。 
 これも、彼には全部お見通しだったのかな?」 
  
 私の旦那様はウサギさんみたいに舌をだしておどけて見せた。 
  
  
『僕は何でも知っているからね』  
  
  
 私達は幸い思い出したけど、貴方にもこんな記憶ないでしょうか? 
 常識に飲み込まれて、本当も嘘になる。嘘も本当になるセカイ。 
  
 生きるのに必要のない―― 
 でも大切な何か忘れちゃっていませんか? 
 ○○○さん―― 
 三文字の苗字・名前・姓名・その読み仮名。 
 あだ名をお持ちの貴方。 
 この子供の頃の奇跡を――記憶を思い出して下さると幸いです。 
  
 今夜もよい夢が見れますように。 
 おやすみなさい。 
  
  
『ボク達よい友達になれそうだね』 
 子供だけが見れる夢のような時間へ――