愛知県 昭和の森

 

 友人が手術を行い、医師から「退院後はしばらく運転を差し控えるように」と言われ、顧問先企業への代行運転を頼まれ、快く引き受けた。

 ドライブ途中に「昭和の森」という看板を見つけた。そこで打ち合わせの時間中、こちらの森を散策することにした。整備された散策路に小高い丘があり、登ってみれば東屋があり、下れば小湿地や小池にも出る。

 

 一日目はマンサクの黄色いちぢれた満花を見ることができた。マンサクは「先ず咲く」が由来とか。春を告げる花だ。時計を見れば、「おっと、お迎えに上がる時間だ」と慌てた。

 

 二日目は、アイボリー色のアセビ(馬酔木)の花が散策路に満開だ。山行けば、黄金の穂の花道が迎えてくれる。アップダウンを繰り返しながら、低木のアセビが次々に我が胸に我が眼前に迫って来る。山の底を訪ねてみれば、小池に小湿地帯。水面に映る東屋のベンチに座り、暮れゆく薄青い空と私が一人。人生の最も豊かな時間のひとつだろう。

 

 山林自然は文明社会とはとても遠いところに位置している。そのように見えて、人間の営みに大きく影響を受けている。彼らは無口だ。こちらも黙っていたら、「さあ、お迎えの時間だ」と慌てた。縦横に走る山の道は奇々怪々だ。急げば、山道にスッテンコロリン。アセビの花が大笑いしている。

 

 さて昭和の森と検索したら、全国各地にその名があった。長かった昭和という時代を記憶に留めようとする証拠だろう。あるいは日本人の英知だろうか。ぐるりと一周すれば、2時間ほどの昭和の森と冠した散策の路。

 

 大正時代に創刊された有名句誌「馬酔木」は今も続いているようだ。水原秋桜子の句「来しかたや 馬酔木咲く野の 日のひかり」。今年は昭和99年か、などとも思い浮かぶ。

 友人の依頼に快く受けて、昼食夕食までごちそうになった。人の営みは奇なり。そして自然も奇知に満ちている。