ベビー室でカルテを書いていたら、突然後ろから抱きつかれた。

「嘘つき」と言って、その手はぐいっと力が入る。

「ごめんなさい、嘘をついて本当にごめんなさい」

後ろを向いたまま私はとっさに謝り続けた。

その手はNさんだとわかったから。
Nさんは69歳の看護師さん。

「あなた辞めないって言ったじゃないの。なのにホントは辞めるんでしょ」

責めるように、追い詰めるように、怒っているようにNさんは言う。

だけど振り向くと、Nさんの目は涙をいっぱい溜めて笑っていた。

次の道はもう決めてあるの?
そう。それなら何も言うことはない。

そう言ってNさんは母のような優しい目をして笑った。

あなたと一緒に働けることが嬉しかったのよ。
何かと厳しい職場だけど、
あなたといるといつも穏やかな気持ちになれたのよ。
もう会えないだなんて…

私のために泣いてくれる人がいるんだと思うと、うろたえてしまった。


Nさん、元気にしているだろうか。
ルートキープが神業のごとく上手だったNさん。

どんな細い血管も、弾力がなくて逃げる血管も、深いところを通っていて外から見えない血管も、
みごとに捕らえてしまう。

震える手で患者さんをビビらせながら今日も点滴をしているのだろうか。

私の母と同じ年齢のNさんが
泣き言もグチも言わず
いつも真一文字に口を引き結んで
誠実に働くお姿は
とても素敵で憧れていた。

職場を去って半年。
ふと思い出した光景だった。






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