「頑張ってください」と言わなかった脚本

 

「まだまだ裁判はつづでしょうが、私、最後まで戦いますから」と告げて去っていく女性の背中に、寅子(伊藤沙莉)は「あの・・・」と声をかけ、そしてちょっと間をおいて、「お元気で」と声をかけました。素晴らしい。

実はこの場面 ほぼラストシーンですが、固唾をのんで見守っていました。何て声かけるのだろう?・・・「頑張ってください」かな・・・それだと嫌だな・・・すると寅子は、「お元気で」といたわりの気持ちをこめて、もちろんエールの気持ちもこめて声をかけ礼をしました。やはりこの脚本信じられる。簡単に「頑張ってください」と言わない。すでに彼女は120%頑張っているのだから。これからもつづく長い裁判、どうぞ心も身体もたいせつに、お元気で!そして幸せになって!・・・あらためて吉田恵里香さん(脚本家)の誠実さを感じたシーンでした。

 

 

 

 

 

  裁判官の自由心証

 

今週の裁判傍聴のエピソードも引き込まれました。どうなんでしょう・・・実際の裁判を原告と被告、双方の弁護士のやりとりをがっつり見せる朝ドラもめずらしいと思いましたけれど(「シソンヌ」のキャスティングで、難しい裁判シーンが面白く見られたのも上手い演出でした)、法律は法律として絶対的に立ちふさがり、寅子たちを憂鬱な気持ちにさせていたけれど、判決は大逆転。

 

 

 

「裁判所は(中略)口頭弁論の全趣旨および証拠調べの結果を斟酌し 自由なる心証により 事実上の主張を真実と認むべきか否かを判断す」(戦前の民事訴訟法185条)という「自由心証」を裁判長が実行したのです!

悩める裁判長を栗原英雄さんが重厚に演じて(いい声で)、逆転劇にも説得力を生みました。

 

 

「人間の権利は法で定められているが、それを濫用 悪用することがあってはならない。新しい視点にたった見事な判決だったね」

穂高教授(小林薫)の解説も端的で、クリアで見事でした。

 

 

それにしてもこの「自由なる心証」を戦前の民法に、こそっと忍び込ませていたのは誰なのでしょう? 

条文があるからには、誰かがそれを明文化して、何百条もの中にそっと入れておいたのですよね? 無茶苦茶な法律がならぶ中に、最後の救いの糸、蜘蛛の糸を忍び込ませていた人のことも、いつか、ドラマの中でわかると嬉しいのですけれど。

 

 

 

 

  百面相のすごわざ、伊藤沙莉

 

今回の朝ドラは、「あまちゃん」や「カーネーション」と並ぶ名作の予感がします。それはひとえに脚本の視点のフレッシュさ、誠実さに依るとか、その想いを理解して映像化するスタッフの熱意とか、いろいろあるのですけれど、伊藤沙莉さんの「百面相」も見逃せません。

 

 

俳優さんは喜怒哀楽を表現するのですけれど、彼女の表情は4種類におさまりません。百面相です。いまのところ法律ビギナーとして、眉にシワ寄せる困り顔とか、怒りを抑えようとする運慶顔(運慶はあの彫刻家です テキトーに使ってすみません)とか、多いのですけれど、

予想外の展開に目がテンになってフリーズする顔とか、ときどき、目がなくなってしまう豪快な笑い顔とか、優しそうにただニコニコ笑う顔・・とか、とか、微妙で多彩な表情は見ていて飽きません。脚本にピッタリなんですよね。このドラマは事件を追いかけるというより、いろいろな流れの中で、それぞれの人の心がどう波立つか、笑いさざめくか、涙を流すのか、その「綾」を大切にしている。

 

 

そして今日ついに伝家の宝刀が出ました。母親ゆずりの迫力。

「ちょっと待ったぁぁ~!!」 

 

 

裁判が終わったあと夫(遠藤雄夫)が「お前だけが幸せになるのは絶対許さないからな!!」と手を上げたところで、叫んだ寅子。顔が裂けるんじゃないかと思うほどの大口、怒りに釣り上げた眉。これぞ寅子!これぞ運慶、快慶顔。

 

 

 

 

「あの・・・この前もお友達と一緒にいらしてくださっていましたよね? ありがとう。心強かった。とっても」

このセリフで涙が出そうになりました。

水曜ですよね。覚えています。たった一人、一方的に法律に追い詰められている女性、すごく理不尽な理屈で追い詰められている彼女を見て、寅子は思わず傍聴席で「頑張れ!」と小声でつぶやきます。

 

このときは「頑張れ!」でした。思わず出た声なのでしょう。小声でしたけれど、女性の耳に入り、彼女は驚いて寅子をちらと見ました。ただ、それだけです。とくに嬉しそうな顔をしたわけでもありません。

けれど、やっぱり勇気百倍だったのだと思います。「あの・・・」というセリフを聞いて涙が出そうになったのは、この裁判、たった一人で戦っていた彼女のつらさ、心細さを改めて想像したからです。そして援軍を見たときのうれしさもすごく理解できたからです。なんでもないセリフなのに、最近 『虎に翼』にやられっぱなしです。