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本日モ晴天ナリ (とけいのじかん)

趣味のイラストを添えて、風の向くまま気の向くままに、思いついたことを書いていきます。

ほとんどの時計がゼンマイで動いていたあの時代、

ほとんどの飲み物はビンや缶に入れて販売されていた。

レジ袋は茶色い紙製のものばかりだった。

当時リサイクルなんて言葉はまだ知られていなかったと思うけれど、ガラスや金属や紙は再利用されていて、集めるとけっこうな金額になったものだ。

 

「もったいない」という言葉がまだ人々の暮らしのそこかしこに生きていて、物を粗末にすると「バチが当たるよ!」と叱られた。

それがいつの間にかほとんどの時計は電池で動くようになり、ビンはペットボトルに、紙のレジ袋はビニールに取って代わった。

世の中は何もかも使い捨てにするようになる。

 

そんな便利さを追い求めた世の中はあっという間に行き詰まってしまった。

 海にはプラスチックのゴミがあふれて深刻な社会問題になっている。

それどころか小さな小さなプラスチック片が風に乗って世界を駆け巡っているらしい。 これはバチが当たったというよりも自業自得というべきだと思う。

 

僕は機械式時計の復権とは、こうした使い捨て文化へのアンチテーゼという意味もあったのではないかと考えている。

 機械式時計は、大きな物は時計塔の時計から、中くらいなら柱時計や置時計、小さい物なら懐中時計や腕時計まで、整備次第で長く使えるし有害な廃棄物もでないからだ。

 

物を大切に使い続ける文化への無意識的な回帰だったのかもしれない。

僕は機械式時計に興味を持つようになってから、ずっとこのテーマについて考え続けている。

誰かもっと頭の良い人が更に広く深く考察して論文にでもまとめてくれないかと期待してもいるが、残念ながらまだそうした著作物を目にしたことがない。