2017・6・6 午前10時

京成電車に揺られて、八幡駅で降りた裕樹と蕙子。

二人のマンションは駅から徒歩10分。

マンション手前5メートルの所で、

「止まって、ゆうちゃん、ストップ」

「えっ」

急に腕を掴まれたので、後ろのスーツケースにつまずきそうになった裕樹。

「朝、管理人さんにエントランスで会って挨拶したじゃない。ゆうちゃんなんか、テンションマックスで、ハワイ行ってきまーすって」

「そうだったねーー最高の朝だったね〜随分むかしのことのようだね」

感慨深げに裕樹が答えて、歩き出した。

「もう、だからぁ」

強めに、裕樹の腕を引っ張る蕙子。よろけて、今度はガツンとスーツケースに足をぶつけた。

「あいたた、何、けいちゃん」

わけがわからないと言う困り顔で、訴える裕樹。

「あのね、管理人さんに、朝の浮かれた私たち見られてるのよ。だけど、もう帰って来て。
パスポート忘れたなんて理由言うのも恥ずかしいでしょ。
私たち?いや、違う。ゆうちゃんだけよ。浮かれまくってたのは。
私は、冷静に、普通に、あっ、おはようございます。行って来ます。って
大人のトーンで挨拶したわ」

裕樹は蕙子が早口で捲したてる時は、怒り予告だと学習していたので、少し警戒しながら

「うん、うん」と的確に相槌を打っていた。

「管理人さんに会うと、気まずいし、恥ずかしいでしょ。だから、管理人さん居るかマンション偵察して来て、私ここでまってるから、見つかんないでね。」

「わかった」

古いリュックを背負いながら、抜き足差し足で歩く姿は、まるで、コントの泥棒。壁に張り付いてマンションに向かった。

「ゆうちゃんばかね。そこまでしなくてもいいよ、あはは」

呑気な裕樹に少しイライラしていた蕙子だったが、裕樹の姿に思わず吹き出した。

「しゃべりすぎて、喉痛くなっちゃった、あっ、のど飴」

肩から下げたショルダーバッグの中の、のど飴を探している時、

「けいちゃん、まるっ」

裕樹の声で顔をあげた。

走りながら、頭の上で両手を丸のポーズにして、笑顔で戻って来た。

日本酒のコマーシャルみたい。無邪気な姿に、つい優しい笑顔になっていた蕙子。

「けいちゃん、大丈夫。管理人さん今いないから。行こう」

「うん」

ふと空を見上げた蕙子。初夏を思わせるような青空。

「気持ちがいい天気ね」

「うん、ほんとだね。あっ飛行機雲」

裕樹が指差した方角に目を向ける蕙子。

「えっどこ。ほんとだ、綺麗ねー久しぶりに見たなー。飛行機雲。ってほんわか二人で語ってる暇
ないのよ、 パスポート、パスポート。もうっ、今頃あの飛行機に乗っていたのよ。それなのに、まったくっゆうちゃん」

やばい、けいちゃん早口になってきた。なんで、俺、飛行機雲見つけたんだよ。地雷ふんでしまった。

「うん、ごめんなさい。はやく、はやく、マンション入ろう、管理人さん帰ってきちゃうから」

スーツケースのガラガラ、、、音はしません。

裕樹はスーツケースを抱えて、蕙子から逃げるようにマンションへ走っていた。

「ゆうちゃんたらっもう」

口調は怒っていたが、何やら楽しげな蕙子が後を追いかけた。


二人の姿を少し離れた自動販売機の陰から見つめる、男がいた。

年の頃は30代後半、丸い黒縁メガネに、細い目、少し白髪が混じった七三分け、中肉中背。白ワイシャツに、黒のスラックス。黒のスニーカー。取り立てて特徴がない容姿。

世間一般でいう、おじさんです。

「みーちゃった」

無表情につぶやいた。男は腕時計を見ながら、

「後、3分待つか」

その男は、マンションの管理人でした。 二人のすぐ後ろを歩いていたが、話を聞いて気を使って、隠れていたのでした

管理人は空を見上げました。

すでに、青空の飛行機雲は消えていました。

「マンション入るまで、長いわ」


次回こそ、ぎょえええーーーー裕樹の叫び声がマンションに響きわたりました。

続く


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