森に遊びに行ったら暗くなる前に帰っておいで
幼い頃から聞かされていたこの言葉は
森の中にいて暗くなると足元が見えなくて危ない
その程度のことだとおもっていた
そうあの夜までは
トモエは幼い頃から他の女の子のように
人形遊びなどに夢中になることはなく
村の男の子たちに混じって
森を駆け回り海で泳いだりしていた
そして暗くなる前に
他の子供たち同様に帰ってくる
そんな元気すぎる娘に母は心配するものの
それがトモエだと真っ直ぐ育つように
見守ってくれていた
そんなトモエも年頃になり
最近は縁談も来るようになった
母はトモエに縁談が来てることを告げますが
トモエはまだ嫁には行きたくないと言います
しかしそこは狭い村の話
年頃になった娘は嫁いでいくものと
誰も疑うことなく信じています
ある日のこと
村の長老がトモエに縁談を持ってきました
母は村の中で暮らしているために
その縁談を断ることができません
トモエはそんな母の姿に
自分がいなくなれば母は苦しまずにいられるのではないか
そう考えて家を抜け出し森へ逃げ込みました
森の中に入って暗くなるまで待てば
誰も追ってはこれないし
そのあとは何処か遠くで暮らそうと考え
森の奥にある泉で
夜が訪れるのを待っていました
その夜は月が出てない寂しい空で
トモエは急に不安になってきました
これから一人で生きていかなければならない
そうおもうと涙が零れ落ちた
そのとき
ガサガサと草木が揺れる音がした
誰か追ってきたのかと考えたが
夜の森に近づく人間はいない
獣かもしれないとおもい身を隠そうとしたら
道に迷ったのか
男の声がした
トモエが逃げ出そうとしたら
俺はそなたの村の者ではない
理由は知らんが逃げる必要はないぞ
トモエがその声がした方向を見てると
闇の中から男が出てきた
男はトモエが見たこともないような服を着て
顔に赤い土が塗られている
驚いているトモエと少し距離をとり男は座り
腹が減っているだろうと
木の実を投げてよこす
トモエはその実を一口食べると
村に残してきた母を思い出し
涙が止まらなくなった
男は黙ってずっと一緒にいてくれた
そして朝になったら森の出口まで送ってやると言って
自分の寝床である洞窟にトモエを連れていった
トモエはそこで
縁談から逃れるために村を飛び出したことを伝えた
男は黙って話を聞いたあと
母のためにも一度村へ帰ったほうがいいと言うので
トモエはうなずいた
それはトモエが考えていたことでもあった
自分がいなくなれば母は苦しまずにいられるとおもったが
長老からの縁談をこんな形で断ったら
母は村で暮らしていけない
母を助けるにはトモエが嫁ぐしか方法はないのだ
暗い顔してうつむくトモエに
男は優しい声で村の暮らしで嫌になることがあったら
また夜の森に来ればいい
夜の森には村人は近づかないから
ゆっくり話を聞く時間ぐらいあるよ
男がそう言って微笑むので
トモエは夜しか会えないのと呟きました
男は笑顔のままで
俺とそなたは生きてる世界が違う
そうだなそれでも会いたいとおもったら空を見ろ
空には夜でも昼間では星がある
昼間は見えなくても星は空にあるんだ
俺はその星にそなたの幸せを祈る
トモエは男の言葉に心が軽くなるのを感じて
つかの間の眠りに身を任せた
翌朝早くトモエは男に案内され
森の出口まで来て
男に夜の森で俺に出会ったことは誰にも言ってはいけない
そう約束させられた
トモエは理由はわからなかったが
男の真剣な顔を見て小さくうなずいた
最後にせめて名前を教えて
トモエがそう頼むと
男は少しはにかみ
俺の名はベガ
空に輝く星と同じ名前だ
そう言って去って行った
トモエはベガの名前を一度くちずさみ
くるりと森に背を向け歩き出した
トモエが村に帰ると村は大騒ぎになりました
森に入って暗くなっても帰って来なかった人間が
翌朝に戻ってくるなんて
誰も聞いたことがない出来事だったのです
母は涙を流してトモエを抱きしめ
トモエも母を抱きしめた
しばらくして長老が険しい顔をしてやって来た
長老はトモエに
そなた何故帰ってこれたと言います
トモエはベガのことには触れず
森の奥の泉で一晩過ごし帰ってきましたと答えます
長老はますます顔を険しくして
そんなはずはない
あの森には鬼が住んでいるんじゃ
だから暗くなったら森に近づくなと我らは言い伝えてきた
さてはそなた
トモエではなく鬼が化けているのではないのか
長老から腰から太刀を抜きトモエに突き付けます
トモエは首をふり
わたしはトモエです
それに鬼などには会っていませんと長老にうったえますが
長老はそんなはずはない
あの森は鬼の住処なのじゃと言います
それを聞いてトモエはついに
ベガという男に会ったと言ってしまいました
その瞬間
長老の顔は青ざめ
周囲からはざわめきが起こりました
トモエは何が起こっているのかわからず
母を見ると母も顔を青ざめていました
長老はその身を震わせながら
この者は鬼と結ばれた
村に災いをもたらす物じゃ
トモエは長老が何を言っているのかわからず
何度も鬼ではなくベガという男に出会っただけだと言いますが
長老たちはそれこそ汚れた物を見るような目でトモエを見て
この物を木に吊るせ
そして一夜越えたら
谷へ落として汚れを水に流すのじゃ
長老に言われ村の男たちはトモエを縄でくくり
木に吊るし上げました
側で母が泣き叫びますが
誰も母にもトモエにも目を合わそうとしません
トモエは木に吊るされ
夕陽を見て星を見ています
夜中になってから母が現れました
母はトモエを木から降ろして
今夜は村の者は御祓の儀式で動けないから
今のうちに逃げなさいと言います
トモエはそんなことしたら母がどうなるかわからないと拒みますが
母は首をふりながら
いいのわたしはもう充分生きました
でもあなたにはまだまだやることがあるのよ
生きていれば苦しいことな辛いことは
これからもたくさんあるでしょう
でも幸せなこともたくさんあるんだから
あなたは生きなさい
それに明日あなたを谷に落としたら
村の者は森に火をかけるはずよ
災いを避けるためにね
母の言葉を聞きトモエは
そんなことをしたらベガは死んでしまう
それだけじゃなく森に生きるもの全てが死んでしまうと言います
母はその言葉にうなずきながら
トモエそれが人間なのよ
今までも人間はそうやって
自分たちの理解できないものを滅ぼしてきたの
その人たちのことを鬼や蜘蛛と呼んでね
でもトモエはどう感じた
その人はわたしたちとは違う生き物に見えた
母の言葉にトモエは首をふります
そうよね
母は何度かうなずきながら
あなたにはまだ話してなかったけど
わたしの父は山伏をしていて
昔は天狗と呼ばれていたの
だからあなたは天狗の孫になるわね
おかしいでしょ
自分が天狗の子供や孫だと言われても
何が他の人と違うのかわからないわよね
でもね人はそうやって何にでも自分が納得できる
線をひきたがる生き物なの
馬鹿らしいよね
この世界に生きてるのは人間だけではないのに
だからトモエ
あなたやベガという人まで
そんな馬鹿に付き合うことはないの
そういう古いしきたりはわたしが引き受けるから
あなたはベガという人と逃げて
何処か違う森で暮らしなさい
母は泣きながら話を聞いてたトモエを立たせ
子供はね
いつか親から離れて自分も親になるものよ
だから行きなさい
トモエは母の気丈な態度に押され
森へ駆け出しました
その背中を母は見つめながら
生きなさい
何度も何度も繰り返し唱えていました
次の日
森がひとつこの世界から消えましたが
村の者はそれまでと変わらない暮らしを続け
その後にトモエとベガの姿を見たものはなく
いつしかトモエのことは鬼の花嫁という
鬼に恋したために殺された娘の
悲恋の物語として語られるようになりました
幼い頃から聞かされていたこの言葉は
森の中にいて暗くなると足元が見えなくて危ない
その程度のことだとおもっていた
そうあの夜までは
トモエは幼い頃から他の女の子のように
人形遊びなどに夢中になることはなく
村の男の子たちに混じって
森を駆け回り海で泳いだりしていた
そして暗くなる前に
他の子供たち同様に帰ってくる
そんな元気すぎる娘に母は心配するものの
それがトモエだと真っ直ぐ育つように
見守ってくれていた
そんなトモエも年頃になり
最近は縁談も来るようになった
母はトモエに縁談が来てることを告げますが
トモエはまだ嫁には行きたくないと言います
しかしそこは狭い村の話
年頃になった娘は嫁いでいくものと
誰も疑うことなく信じています
ある日のこと
村の長老がトモエに縁談を持ってきました
母は村の中で暮らしているために
その縁談を断ることができません
トモエはそんな母の姿に
自分がいなくなれば母は苦しまずにいられるのではないか
そう考えて家を抜け出し森へ逃げ込みました
森の中に入って暗くなるまで待てば
誰も追ってはこれないし
そのあとは何処か遠くで暮らそうと考え
森の奥にある泉で
夜が訪れるのを待っていました
その夜は月が出てない寂しい空で
トモエは急に不安になってきました
これから一人で生きていかなければならない
そうおもうと涙が零れ落ちた
そのとき
ガサガサと草木が揺れる音がした
誰か追ってきたのかと考えたが
夜の森に近づく人間はいない
獣かもしれないとおもい身を隠そうとしたら
道に迷ったのか
男の声がした
トモエが逃げ出そうとしたら
俺はそなたの村の者ではない
理由は知らんが逃げる必要はないぞ
トモエがその声がした方向を見てると
闇の中から男が出てきた
男はトモエが見たこともないような服を着て
顔に赤い土が塗られている
驚いているトモエと少し距離をとり男は座り
腹が減っているだろうと
木の実を投げてよこす
トモエはその実を一口食べると
村に残してきた母を思い出し
涙が止まらなくなった
男は黙ってずっと一緒にいてくれた
そして朝になったら森の出口まで送ってやると言って
自分の寝床である洞窟にトモエを連れていった
トモエはそこで
縁談から逃れるために村を飛び出したことを伝えた
男は黙って話を聞いたあと
母のためにも一度村へ帰ったほうがいいと言うので
トモエはうなずいた
それはトモエが考えていたことでもあった
自分がいなくなれば母は苦しまずにいられるとおもったが
長老からの縁談をこんな形で断ったら
母は村で暮らしていけない
母を助けるにはトモエが嫁ぐしか方法はないのだ
暗い顔してうつむくトモエに
男は優しい声で村の暮らしで嫌になることがあったら
また夜の森に来ればいい
夜の森には村人は近づかないから
ゆっくり話を聞く時間ぐらいあるよ
男がそう言って微笑むので
トモエは夜しか会えないのと呟きました
男は笑顔のままで
俺とそなたは生きてる世界が違う
そうだなそれでも会いたいとおもったら空を見ろ
空には夜でも昼間では星がある
昼間は見えなくても星は空にあるんだ
俺はその星にそなたの幸せを祈る
トモエは男の言葉に心が軽くなるのを感じて
つかの間の眠りに身を任せた
翌朝早くトモエは男に案内され
森の出口まで来て
男に夜の森で俺に出会ったことは誰にも言ってはいけない
そう約束させられた
トモエは理由はわからなかったが
男の真剣な顔を見て小さくうなずいた
最後にせめて名前を教えて
トモエがそう頼むと
男は少しはにかみ
俺の名はベガ
空に輝く星と同じ名前だ
そう言って去って行った
トモエはベガの名前を一度くちずさみ
くるりと森に背を向け歩き出した
トモエが村に帰ると村は大騒ぎになりました
森に入って暗くなっても帰って来なかった人間が
翌朝に戻ってくるなんて
誰も聞いたことがない出来事だったのです
母は涙を流してトモエを抱きしめ
トモエも母を抱きしめた
しばらくして長老が険しい顔をしてやって来た
長老はトモエに
そなた何故帰ってこれたと言います
トモエはベガのことには触れず
森の奥の泉で一晩過ごし帰ってきましたと答えます
長老はますます顔を険しくして
そんなはずはない
あの森には鬼が住んでいるんじゃ
だから暗くなったら森に近づくなと我らは言い伝えてきた
さてはそなた
トモエではなく鬼が化けているのではないのか
長老から腰から太刀を抜きトモエに突き付けます
トモエは首をふり
わたしはトモエです
それに鬼などには会っていませんと長老にうったえますが
長老はそんなはずはない
あの森は鬼の住処なのじゃと言います
それを聞いてトモエはついに
ベガという男に会ったと言ってしまいました
その瞬間
長老の顔は青ざめ
周囲からはざわめきが起こりました
トモエは何が起こっているのかわからず
母を見ると母も顔を青ざめていました
長老はその身を震わせながら
この者は鬼と結ばれた
村に災いをもたらす物じゃ
トモエは長老が何を言っているのかわからず
何度も鬼ではなくベガという男に出会っただけだと言いますが
長老たちはそれこそ汚れた物を見るような目でトモエを見て
この物を木に吊るせ
そして一夜越えたら
谷へ落として汚れを水に流すのじゃ
長老に言われ村の男たちはトモエを縄でくくり
木に吊るし上げました
側で母が泣き叫びますが
誰も母にもトモエにも目を合わそうとしません
トモエは木に吊るされ
夕陽を見て星を見ています
夜中になってから母が現れました
母はトモエを木から降ろして
今夜は村の者は御祓の儀式で動けないから
今のうちに逃げなさいと言います
トモエはそんなことしたら母がどうなるかわからないと拒みますが
母は首をふりながら
いいのわたしはもう充分生きました
でもあなたにはまだまだやることがあるのよ
生きていれば苦しいことな辛いことは
これからもたくさんあるでしょう
でも幸せなこともたくさんあるんだから
あなたは生きなさい
それに明日あなたを谷に落としたら
村の者は森に火をかけるはずよ
災いを避けるためにね
母の言葉を聞きトモエは
そんなことをしたらベガは死んでしまう
それだけじゃなく森に生きるもの全てが死んでしまうと言います
母はその言葉にうなずきながら
トモエそれが人間なのよ
今までも人間はそうやって
自分たちの理解できないものを滅ぼしてきたの
その人たちのことを鬼や蜘蛛と呼んでね
でもトモエはどう感じた
その人はわたしたちとは違う生き物に見えた
母の言葉にトモエは首をふります
そうよね
母は何度かうなずきながら
あなたにはまだ話してなかったけど
わたしの父は山伏をしていて
昔は天狗と呼ばれていたの
だからあなたは天狗の孫になるわね
おかしいでしょ
自分が天狗の子供や孫だと言われても
何が他の人と違うのかわからないわよね
でもね人はそうやって何にでも自分が納得できる
線をひきたがる生き物なの
馬鹿らしいよね
この世界に生きてるのは人間だけではないのに
だからトモエ
あなたやベガという人まで
そんな馬鹿に付き合うことはないの
そういう古いしきたりはわたしが引き受けるから
あなたはベガという人と逃げて
何処か違う森で暮らしなさい
母は泣きながら話を聞いてたトモエを立たせ
子供はね
いつか親から離れて自分も親になるものよ
だから行きなさい
トモエは母の気丈な態度に押され
森へ駆け出しました
その背中を母は見つめながら
生きなさい
何度も何度も繰り返し唱えていました
次の日
森がひとつこの世界から消えましたが
村の者はそれまでと変わらない暮らしを続け
その後にトモエとベガの姿を見たものはなく
いつしかトモエのことは鬼の花嫁という
鬼に恋したために殺された娘の
悲恋の物語として語られるようになりました