りん ヨークシャーテリア♂ 17歳0ヶ月

今日であみと一緒に過ごした1月が終わりです。
今頃何をしているのかな?私達の目に見えない存在になって、みんなが気付かなくて寂しくないかな?寒くないかな?お腹を空かせてないかな?など思うと切なくて涙が出てきます。
毎朝晩のご飯とお水とおやつやお花を欠かさず毎日話しかけています。
49日まではそうしようと思います。

でも、最近では仕事も日常生活も安定していて上記のような事を考えるのも1日のうちほんの少しの時間です。その他の時間は以前と変わりなく。
写真やムービーも居た頃と変わりなく普通に微笑ましく観られます。
なんだか冷たい人間なんじゃないかと思うくらい立ち直っています。
まだりんも頑張っているからかな。

あ、でもまだ身内と親しい人二人にしか報告していません。
何となく話したくないんです。
まだ完全に吹っ切れて立ち直っている訳では無いですね💦

本題に入ります。
あみもりんも揃って後足が内側に曲がり自力で立ち上がれなくなり、最近では前足も力が弱くなり起き上がる事も難しくなり。

お腹を支えて一緒にハイハイしてリビングを歩かせて運動をしていましたがお爺ワン2匹のお付き合いはこちらも大変で💦時々うっかりひっくり返ってしまったり💦していました。

なのであみが居る時から車椅子を検討していたけれどお爺ワン2匹のお世話で日々忙しなくてなかなか話も進まず。。。
だったのだけど!!!

あみが居なくなって少し余裕が出て、その余裕が寂しくなって悲しみに浸る…
ってやってる時間を有意義に使おう!!と思い立ち色んな車椅子のサイトを見てまわりました。

夫婦揃って不器用でセンスもなく。
でも先週から手作り歩行器作りを始めました(笑)
パイプや車輪はパパが、布部分は私。

ジャジャーン✨
なんじゃこりゃ(笑)

なんじゃこりゃ~と笑いながらもりんを乗せてみると

最初は左側に倒れて後ろ足も内側に曲がり歩くのは無理?と思ったのだけど、次第にバタバタ動き左側に倒れたまま少しずつ進み始め、そのうち後ろ足がちゃんとまっすぐになり左側に倒れなくなり♪

最近は喜怒哀楽がほとんど無くなったりんが心なしか嬉しそうな気配!
歩行器から降りた後もすっかり自分は歩けるようになったと思い込んで居るのか?動きが激しめです。

まだまだ改良の余地ありなので、何をどうしたら良くなるのか分からへんけどこれから少しずついい感じに仕上げて行きたいなと思います❤️

あみも乗せてあげたかったなぁ。
あみが居ない初めての日

実家の母と電話をしていた。
あみの話を泣きながら聞いてもらったり。
あみ繋がりで私の好きなスピリチュアリストの江原啓之さんの話をしたり。

すると、いきなりパソコンから「聞こえてますよ」とGoogleのお姉さんの音声が鳴り響いた。

部屋には私とりんしか居ないし、パソコンを触れる位置には居なかったのに。

後で家族の誰に聞いても音声入力の設定はしておらず。

聞こえていたのはあみかな?

て!!!

ちょっと怖かったやんかいさ!!(笑)

その2日後くらいにあみの事を考えてボーッとしていると、あみのお骨や写真の近くに置いている家電話の子機が「ピーッピーッピーッ」と鳴った。
充電器のコンセントが抜けた時の音だ。
コンセントはささっているし誰も近くに居なかったのに。

ほんとに鳴ったのよ。

やっぱりあみちゃんやな!!

頑張ってパソコンやら電話を使ってテレパシー送ってくれたんかな。
ちゃんと聞いてくれていて、悲しむ私の事を気にしてくれてたんかな。

こんなの初めてだし。偶然かもしれんけど。
タイミング良すぎやし。

それまで突然号泣したり悲しくて胸が苦しくなったり食欲も無くなっていたのに、その後にすっと胸が軽くなった。

これは何か良い事の様な気がして。

楽しくて可愛かった思い出が心の中にしっかり入ってくれて、これから先も家族とあみの話を楽しくしながら生きて行ったらいいんやなって素直に思った。

初七日はどうやって過ごすのが正しいのか分からんかったけど、あみの大好物だった唐揚げとかぼちゃの煮物を作ってワイワイ食べた。

まだ、ずっとぐるぐる色んな事を考えますが徐々に徐々に泣くことが減りました。
突然悲しくて泣いてしまう瞬間はありますが。
今日はほんの少しだけでした。
申し訳無いくらい。

6年前にりんが倒れてもう長くは生きられないと診断された時は私も死にたいと思い詰めたのに。
あみが亡くなって一週間と少しなのになんでこんなに元気なんだろ。

やっぱり「きこえてますよ」と「ピーッピーッピーッ」ってあみが頑張ってくれたからかな。

単純なので。
今のところそんな感じで過ごしています。
15日

 天気予報では寒波が来ていて山奥の斎場はとても寒いだろうと身構えて行ったが予想外に暖かくコートなしで余裕。
綺麗な青空が広がり雲が流れていました。

こじんまりとした葬儀社で最初から最後まで一人の方がお経から全て取り仕切って下さって
これまたその方のお人柄がものすごく温かく色んなお話をして頂いた。

最後に「あみちゃんは自分が亡き後に御家族が幸せに生きて行く事だけを願っている、絶対そうなんです!」と力強く言い切って下さった。
この言葉は一生の御守りにしようと誓った。

あみのお見送りの時は取り乱して気絶するかもしれないと想像していたが、お陰様で落ち着いて温かい気持ちで見送る事が出来ました。

あみのお骨は17歳10ヶ月と思えない程綺麗なお骨で歯も爪も尻尾も詳細にわかるほど。喉仏も立派に残っていました。
煙突の上の雲があみの顔に見えました



あみが居なくなった事は理解できていますが未だ実感が湧きません。
まだその辺で寝ている気がします。

かと思えば色んな後悔の念が押し寄せて来たり、あみは私の事なんか嫌いだったんじゃないかと拗ねてみたり、私のせいで病気になったのだと思って謝ったり、あみの為と思っていたが自己満足だったんじゃないかと責めてみたり、ポロポロ泣いたり、号泣してみたり、いやいやあみは私の事好きだった、幸せだったと立ち直ってみたり。それならもっともっとこうしたら良かったと思ってみたり、それらがぐるぐるエンドレス状態。

心の中がかなり忙しいです。
たぶんあみは呆れながらクッションにアゴを乗せたリラックスポーズで見守ってくれていると思います。

私はずっとずっと前から大した人間じゃなかったし、もし過去に戻っても多分同じ事をしたと思うし、感情的で突っ走るタイプだし、多分あみが一番そんな私を知っているはずだから。

ただひとつ、あみの願いだと言い切って頂いた「家族が幸せに生きて行く」事を今まで以上に意識してこれからの人生やって行こうと思います。

何気に家族が傷付く事も今まで平気でやって来た。
全然いい妻でもいいお母さんでもなかった。
ずっと前から気付いていたけどなかなか素直になれなかった。
面倒臭い事は大嫌いだった。
自分勝手だしすぐ人のせいにしたり正論で言い負かして傷付けて来た。

だけど人生いつ何が起こるか分からない。子ども達が自立したら夫婦だけになるかもしれない。そしていずれ一人になるかもしれない。
それでも幸せな人生だったと思える生き方を、私の周りの人達を大切にする事をこれから学びながら探して行こうと思います。

今のままではいけないと心から思わせてくれた。
あみがくれた最後のプレゼント。

いっぱい失敗するかもしれないけれど見守っていてね。
大好きだよ。あみ。ずっとずっとママの子だよ。
いっぱいいっぱいありがとうね!!!

明日は初七日です。