昨日、叔母の御見舞いに行った。
母の弟の嫁に当たる方で祖母と同居していた。
祖母宅は自然が豊かな所で幼い頃からBBQをしたり泳いだりみんなでワイワイ過ごした楽しい思い出が沢山。
それは去年の夏まで当たり前のようにずっと続いていて。
叔母から見たら私は小姑の子。
小姑は三人居たからその子達もみんなよく遊びに行って、更に結婚して子どもを産んでどんどん増えて賑やかになり、うちのお爺ワン達もお世話になったりで叔母は本当に大変やったと思うけど、いつ行ってもニコニコと気を良くおもてなししてくれた。
その叔母がもう長くない病気になってしまった。
何か出来る事は無いかと思って従妹と二人で病院まで行ったのだけど、朦朧としてベッドに横たわる叔母を前にどうしたら良いのか分からずとりあえず叔母の娘からいつもマッサージをしていると聞いていたので、叔母に了解を貰って二人で背中やら足やらマッサージをしたんだけど、よく考えたらベッドに小姑の子達が乗り込んで来て全身を揉みまくる図ってホラーかも。
その後、恐らく叔父は家でろくな物を食べて居ないと思い、御見舞いの後で家に寄るから叔父の好きな食べ物を教えてと言うと、叔母が遠慮して教えてくれなかったので「じゃあ嫌いな物を持って行くから嫌いな物を教えて」と言ったら、処置でお腹に針が刺さった状態の叔母が爆笑してしまい看護師さんが慌てていた。
何をしに行ったのか分からないお騒がせ状態で病院を後にして、スーパーですぐに食べられそうな物を買って叔父の家に行ったら、案の定叔母の不在で火の消えた様な家の中でほぼ具のないみそ汁ご飯を食べようとしているちょっと痩せた叔父が居た。
そのまま叔父と喋っていたら終電ギリギリまで居座ってしまい更に迷惑をかけた。
マッサージも買い物も家に居座ったのも全部私の意思で着いてきた従妹に一切罪はない。
本当に何をしに行ったのか、私。
そんなこんなで深夜家に帰宅すると旦那が昔撮ったビデオテープをパソコンに落としていた。
画面を見ると17年前に祖母宅でBBQをしている時のテープだった。
天国に行った子犬の声でキャンキャン吠えるあみや、母の姉や祖母、今日病院で寝ていた叔母やしょんぼりみそ汁ご飯を食べようとしていた叔父が、みんなが楽しそうに映っていた。
あの時はそれが当たり前で普通の楽しい1日だったのに、それはキラキラしたかけがえのない1日だったんだと思うともう涙が止まらない。
いや、違う。
今初めて気付いたんじゃない。
17年前の私はこの日が当たり前でなくかけがえのない1日になる事を頭のどこかで意識していた。
なのにそんな気持ちはすぐに忘れ、日常のちょっとした事に不平不満を垂れ流してみたり、感謝を忘れていたり。
きっと私みたいな人多いと思う。
え?居ない?(笑)
今はあみが亡くなり辛い出来事や悲しみに向いてしまう時間があるけれど、その向こう側に二度と戻って来ないかけがえのない時間が流れている事にも目を向けて、それに感謝して今日からまた新に頑張ろうと思います。
私の事だからすぐに忘れてしまうんだろうけど。
深く心に刻もうと思います。
また忘れてぐちゃぐちゃとしょうもない愚痴を垂れ流して居る私を発見した方はハリセンで頭をしばきに来てください。