2回目のネイルを昨日やってもらいましたドキドキ

今回は可愛い感じのドットですにゃー


監獄生活にささやかな幸せを-2010051921350000.jpg

前回とは全く雰囲気違ってこれはこれでお気に入りですキラキラ


このネイルを見て、後輩が羨ましがってました。

その子、ジャニオタなんだけど、コンサート前にネイルするらしいです。

貯まった貯金をみて、「コンサートあと20回いける~ドキドキ」ってゆってました。

全然理解できない感覚です。


チケットに5万もつぎ込んだり、コンサートの為に服を買ったり、エクステつけたり、忙しい子です。


でも、いっつも恋してるみたいで楽しいんだそうです。


その感覚はなんかちょっとだけ羨ましい様な気がする。


新しい恋なんて、もう何年もしてなくて、キュンラブラブとかドキッドキドキとか皆無です。


異質性の発見は、いつまでも新鮮かつ色褪せないもので、同質性の共有とは、最初の居心地の良さと引き換えに限界が生じるものなのかもしれません。


異質性→同質性の流れがあるからこそ、両者の良さを実感できるのはわかります。

だけど同質性だけでは退屈すぎませんか?
逆に異質性だけだったら、いつまでも解り合えなさすぎて疲れませんか?ってことです。


要はどちらも不可欠な要素ってことです。


知りたい欲求は大事です。でも、言わなくてもわかってるよ。の距離感が好きです。


周りに居る友達でも、それは同じです。
相手の感じることに先回りするし、自分の感じることに先回りされてる感じが心地よいです。


だからオレンジジュースが飲みたい理由も、部屋を急に片付けちゃう理由も、全部わかります。


だって、そうゆう距離になりたくて、異質性の中でぶつかりながら努力をしてきたから。


でも、見えないはずの相手の胸の内が見えるのは、とっても便利でとっても不便です。


わかるから言われなくても期待に応えられる。だけどわかっているから言えないこともある。


一つの個体になれないならとことん異質物であった方が幸せなのかもしれない。だけど一つになりたい欲求はきっと消えない。


矛盾だらけ。


結局


ナイモノネダリ。