2年前の3月31日の深夜、
私は偽装自殺を謀ろうとした。
偽装自殺・・・・ちょっと意味が違う!
自殺とはみられないように、
事故及び、突発的な発作によって倒れ、
凍死によって不慮の死を迎える予定にしてた。
されど、浅はかな人間の行動は未遂に終わる。
あれから月日が流れ、
今年の3月31日、最愛の愛犬が
余命3ヶ月の「癌」であるとの宣告を受けた。
検査の際から覚悟はしていたが、
母からの電話に愕然としつつ、
こんな時に限って冷静に対応し、
電話を切ってから、しばらく号泣した。
日が落ちて暗くなってるのに、
カーテンも閉めず、
電気も点けず・・・・・
しばらく泣いた後、心が痛むのをなんとかするため、
暗い部屋のままTVを点けた。
おもしろくもないバラエティー番組を真剣な顔で見ながら、
なんてことない場面で顔がほころんだ。
“こんな時に顔がほころぶなんて・・・・・”
自己防衛能力が働いたのかなぁ・・・・
そう感じながらため息をついた。
2年前のあの日、
お清めのためにお風呂に入り、最後の夜桜を見に行く前に、
母の家の前まで行き、
玄関の前で立ち止まると、心の中で挨拶をしようと考えた。
その時、玄関に近寄ると、中から走り寄る足音がして、
それほど鼻の機能が鋭い犬でもないのに、
「くぅん くぅん」と声をあげていた。
唯一の存在だったのに・・・・・
あの時は嬉しかった。
少しだけ吾に帰った瞬間だった。
同じ日に・・・・・
一緒の世界を見られるうちに、
一緒にいたいけど、
今の私にはそれが許されないようである。
一緒にお散歩に行きたいのに・・・
来年は見られないんだから、
桜を一緒に見に行きたいのに・・・・・
昨日、神社の桜を一人見に行った。
美しいものを美しいと思えない状況である。
ここ数年、ずっとそうである。
日の出の太陽も、輝くお月様も、
桜の花びらも・・・
本当は美しいんだよ!
当然のように、その姿は美しい。
けれど、人の心は悲しいもので、
曇ったり、泣いたりすると、美しいものがそう見えないんだよ!
2年も経過してるのに、ずっとくすぶってる自分。
それが「君」の寿命を短くしたのだと理解してる。
あの日から、そんな予感がしてたから、
“人間のストレスや病気を吸収しないように、
守ってあげて下さい”
そうやって、空に向かってお願いしてたんだけど、
浅はかで愚かな人間のお願いは、お聞き届けいただけなかった。
それでもなお、
“痛みや苦しみもなく、その時が来るまで、
穏やかに過ごせますように・・・・”
そう願い続けている。
いつもそばにいてくれて、
隠れて泣いている私の涙をぬぐってくれたのに・・・
これから、「君」に会うときは、
“ありがとう!” って笑顔で語りかけるよ!
そして、お家に帰ってから、
“ごめんね!” って詫びるよ。
