助手席のドアが開く。
彼女はいつも待ち合わせにくるのと
おなじようにきちんとした服装だった。
パジャマとかフリースとか
もっと部屋着で電車に乗ったのかと
心配だったけど・・・
「ごめんね、きゅうに出てきたりして」
 と彼女。

家の駐車場につくと彼女は話しだした。
とりあえず家に入ろうかと思っていたけど、
彼女はいますぐに話したいみたいだった。

彼女は旦那さんと話し合ったのは
子供が中学になったら
自分も自立してとりあえず
別居したいと伝えたらしい。
旦那さんはそれを受け入れてくれた。
「でも別居してお金をどうするかとか
 子供にいくら必要とか私がいくら稼げばいいとかの計算に関しては
 一切協力できないからって」
多分、旦那さんはできるものなら
やってみろって感じでいったのだろう。

それ以降、どこか機嫌悪くて・・・

旦那さんは飼っている犬が吠えたから犬に向かって物をなげたらしい。
酔っていたのもあるだろうけど、そもそも犬は旦那さんが飼おうって
決めたらしい。でも面倒もみないで・・・旦那さんの当時の浮気相手が
飼っていた犬と同じ犬種だった。
結局犬に対する愛情もなく八つ当たりしていて
彼女は犬が好きではないけど可哀想で
それで言い争いになったらしい。

犬をどうするというよりは
旦那さんの気持ちの整理ができていないから
こうなったのだと思う。
ぼくだって同じ状況だったら
いらいらしていたのかもしれない。

「私の言ってる事、間違ってる?」
間違っていなかった。
犬をどうするという事に関しては。
でも旦那さんはきっと
そのとき子供が反抗的な態度を
とっていたらその矛先は子供に向かっていたのだと思う。

彼女は泣いていた。
ぼくは話を聞いてあげる事しかできなかった。
彼女だってわかっていた。

部屋にあがると
彼女は落ち着いたみたいで
知らず知らず寝息を立てていた。
彼女はどんなに眠くても
どんなに喧嘩しても
外泊は絶対にしない。
彼女は自分の中でルールを決めていた。
だからその夜も
ぼくは彼女を家まで送った。
「おくってくれて、ありがとう」

なぜかいつも
ありがとうといわれると
寂しくなった。
そこかよそよそしく聞こえる事があって・・・

帰りの国道バイパス。
助手席には彼女はいない。
残り香と気配だけが隣にあった。






彼女から突然電話があった。
「旦那といい争いになって
 とりあえず今から行くから」
電話がきれた。

切迫した感じで
すぐに折り返したが
電話は通じなかった。

今日、旦那さんの妹家族が帰って行った、
そうメールは来ていたが・・・
喧嘩してつい飛び出してしまって
マンションの周りを一周して頭をクールダウンさせている時に
なんどか電話はかかってきた事はあった。
でも喧嘩の相手はいつも思春期の子供とだった。
彼女は結構、かっとすると
頭を冷やす為に家を飛び出してしまう事が何度かあった。

でも今日はいつもと違っていた。

「八時半位には駅つくと思うので
 迎えにきてください」とメールが来る。

子供は心配しているに決まっている。
もちろん彼女と逢えるとは思っていなかったから
うれしかった。でも複雑な心境だった。
すぐに家へ送っていくべきではないか、
でもとりあえず話はきいてあげよう、
駅のロータリーに車をとめて
待っている間、そうきめていた。
「着の身着のままだから
 化粧もしてないからびっくりしないでね」
そうメールが来た。



正月・・・年々季節のイベントが
普段の日常と変わらない感じになって行く。
子供がいないからなのかもしれない。
おまけに妻もいない。
多分、今年中に
離婚の可能性が高かった。

仕方のない事だった。

ぼくはひとりで正月番組をみて過ごす。
昔のように愉しいと感じられなくなっている。

彼女からメールが届く。
年賀状を送れない関係だから。

彼女の家には旦那さんの妹家族がくる予定で
泊まって行くのだと言う。
「だから今晩から忙しくなる」そう書いてあった。

職もなく家族も失いつつある。
今年は少しはましになればいい。
贅沢は言わないから
将来の不安のない職種につければそれでいい。
きつくたってかまわない。
ただ希望さえあれば。

グラフィックデザインの仕事をしている時は
どんなに充実していても、ふと我にかえれば
予測のつかない未来が不気味に広がっていた。
いま充実していても1年後、どうなるか分らない。
おまけに給与は散々だった。
昼ご飯を100円ローソンの前で立ち食いしたり・・・
子供のいるデザイナーのそんな姿を何度もみかけた。
「ユニクロすらかえないよ。
 子供のお菓子すら贅沢だととりあげたくなる」

でもみんな好きで仕事をしていた。
きいていて恥ずかしくなるくらい
クリエイティブだのブラシュアップだの
プレゼン能力だの大風呂敷を広げては
雑談に過ぎない会議を繰り返していた。
それはそれでいいのだと思う。

ただぼくは、もうそこにいる気がしなくなっただけだ。

2012年。
確かな事は今年
またひとつ年をとることだ。

そしてきっと
ぼくは今年、別れを経験する。


さよなら2011年。

散々な年だった。

会社は潰れ、転職した会社は虫の息だった。
その事に誰もが気づかないふりをしていた。
ぼくはその会社から飛び出し、結局は無職になっていた。

車が2度の不動になった。
一度はクラッチマスターシリンダーの破損。
二度目はクラッチディスクの摩耗。
さらに2度の事故。
一度は結城に貸して追い越しの際相手にぶつけられた。 
ぼくは後ろからその一部始終をみていた。
追い越しをかけられた現場へ向かうトラックが
故意に進行方向を変えて押し当てたのを。
二度目はサーキット。シフトミスで
何度か転がった末、タイヤバリヤーに突っ込んだ。
おかげで借りてのっていたDC2は廃車になり
オーナーの信用を失った。

いろいろ悪夢をありがとう。
おかげで白髪はふえ、額も広くなったけど
冷静にひとつひとつ乗り越えて行く術を
少しは学べたのかもしれない。

今年はすこしお手柔らかに頼みます。

峠から街を俯瞰し
ぼくはそう心に願った。

結城はとなりで
同じように街を見つめている。

山野さんのいれる珈琲は
相変わらず美味しかった。
山野さんはこの一年の間で
離婚していた。
「車に狂ってるから仕方ない」
実際は一まわりも若い奥さんの浮気が原因だった。
好きな奴ができたんなら仕方がないだろ、
気持ちもないのに一緒にいる理由がない。
なんでもなさそうにそう言った。
心なしかすこし小さくなったように見えた。

毎年見かけるRX-8乗りは岩手から来ているらしく
避難所生活を余儀なくされていると
山野さんにきいた。
「奴にくらべたら、どうってことない」
山野さんの見つめる先には
まだ20代半ばに見えるRX-8乗りが
峠からの俯瞰の風景をデジカメで撮影していた。
「親戚や妹を亡くしたらしい」

その上、家や想い出の痕跡も失ったに違いない。
通っていた中学、彼女と初めてデートした公園、
初めて殴り合いの喧嘩をした神社の境内・・・

自分を自分たらしめる
全てを地震と津波で破壊された。
きっと心の破壊の方がずっと大きいに違いなかった。

ぼくの不運なんて
不運と思うのも烏滸がましかった。

峠をくだる。
一部凍結していて
毎年何台かガードレールに突き刺さっていた。
案の定、キューブが1台突っ込んでいた。

後ろを走るNSXはきちんと車間をとってついてくる。
結城は峠を降りると、無理な追い越しをして行った。
NSXは美しかった。
流麗なエクステリア。
官能的なホンダミュージック。

1キロほど先のコンビニの駐車場にはいる。
結城は缶コーヒーをもって待っていた。
もうこのコンビニで何年こうして待ち合わせた事か。

時間は確実に流れている。
ぼくは10年、歳をとり
少しずつ死を身近に感じるようになった。










好きな気持ちは時間とともに
その熱を失って行くのかもしれない。
でも大切に思う気持ちは
時間とともに深さをましていく。

もちろん時間とともに壊れて行く事だってある。
ただ相手を信じて、裏切らないでいれば
きっとうまく行くと思う。

でもなぜみんなあんなにすぐに別れては
違う異性を求めるのか。
同時に複数の異性と付き合うのは
きっと本当に相手の心に触れないで
付き合っているのだと思う。

相手の心に触れたのなら
きっと思いやらずにはいられないはずだから。
本気で大切に思うなら
裏切る事はしないはずだった。

結城は付き合って10年近くなる彼女がいた。
彼女の思いはぼくのそれに似ていた。
相手の興味のある事を自分の趣味にしてしまうし
こまめにメールをする、どんなに約束をすっぽかされても
怒ったりしなかった。
結城はそのプレッシャーを恐れていたのかもしれない。
「なんでそんなに好きになれるんだ
 旦那いるんだぞ、旦那と一緒に寝てるかもしれないし
 何を根拠にそんなに・・・」
ぼくはこたえなかった。
いくら言った所でいまの結城には
耳障りな言葉に違いなかった。
結城の彼女が結城を信じきって
どんなに邪険にしても
離れて行かない一途さを恐れているだけだった。
それをぼくの中にも見つけていらいらしていた。

結城は基本的に優しかった。
むしろ優しすぎて気が弱くて
それを隠そうとして無愛想にふるまった。

ただ本気で好きになった事がなかった。
結城はむしろ親や家族に
愛情を求めているのかもしれない。

「車、かっこわるくなったな」と結城。
TEINの車高調をいれていたが
ノーマルに戻していた。
「まるでデートカーだ」

結城は缶コーヒーを飲み干すと
街の明かりに向かって放りなげた。

峠にはたくさんの車が参集してきた。
昔はばりばりの走り屋ばかりだったが
最近は軟派や逆軟派目的の
軽自動車やミニバンが目立った。

上着の襟をたてても寒くて
中には大声をだして走り回っている奴もいる。

日の出は見えなかった。
地平線はぼんやりと明るくなって行く。
雲が邪魔をして世界を曖昧に映し出して行く。

気持ちは変わる。
それを前提に付き合わなくてはならない。
ぼくにだってそれくらい分る。

きっと知らずしらずの間、
少しずつ変わってきているのだと思う。

一緒に働いていた時とは
明らかに変わっている。
仕方がない事だし
振り返った所で
なにも変わらない事もわかっていた。

それでも
ぼくはあの頃を思い出してしまう。
あの頃の彼女の面影を求めていた。
一緒に出かけた想い出や
彼女の仕草や・・・きっと
変わる前の彼女の気持ちを
求めているのだと思う。

気持ちの質は変わるのかもしれない。
熱は冷めても、好きな気持ちは残る。
そう信じて。
ぼくは相変わらずだった。
いまもこうして気持ちの均衡を保とうと
文章をかいて誤摩化していた。

ぼくの気持ちが大きければ大きい程、
彼女にとったら荷物になってしまう。
ふたり暮らしている環境が違う。
抱える物もちがうから・・・

気持ちはかわっていく、
わかっていても
ぼくはつい敏感に反応してしまって・・・
ついネガティブな螺旋の渦に巻き込まれてしまう。

気持ちはかわる、そう自分に言い聞かせていた。
当たり前の事だから、ショックをうけないようにと。

でも何故かわってしまうのだろう。
なにを求めて人は変わって行くのか・・・



行かないなんていわないよな、
結城だった。
久しぶりの電話だった。
「最近つきあいわるいから
 都合悪いならいいけど、山野さんは
 くるとおもってるから、いかないなら伝えとくけど」
毎年初日の出をみに、
北関東の峠の頂上で自然と集まるのが恒例になっていた。
結城の口調が気になった。
いつもはすこし遠慮がちに話すが
今日はどこか八つ当たりぎみだった。

山野さんはビート乗りだった。
毎年、美味しい珈琲を入れてくれた。
ビートに乗っていたとき自分で創ったという
オリジナルのパーツをくれた。

引っ越したから
遠いからまだわからん、
結城の口調に反駁するように
そう言っていた。

「好きにしろ」と結城。
「もう少し分る奴だと思ってた」
そういうと結城は電話をきった。

よくあることだった。
時々こんな風になにかにひどく腹を立てて
八つ当たりする。
大抵少し酒が入っている時だった。
素面であんな風にぼくに絡んだりしない。

だいたい何を言いたいのかもわかっていた。

「捨てられるの分ってて
 なにやってんだ、おなえは
 大バカヤローだ」
とメールが来た。

結城には分っていない事がある。
そもそも彼女とのことはここ1年、詳しくはなしていない。
なにがわかるというのか。

普段は彼女の事には無関心装っているのに。

反対される事、
誰かに足を引っ張られる事、
そんなことは最初からわかっている。

今年も一年が終わろうとしていた。
「ちゃんとはなしたからね。
 心配しないでね。
 今度逢ったとき話すね」
 彼女からのメールだった。

深夜のバイパスは空いていた。
ちょっとした段差で吹っ飛んで行きそうになる車を
両手で無理矢理ねじ込みながらアクセルを踏んだ。
峠には明け方までには十分間に合いそうだった。
別に初日の出をみたいわけではなく
どこか戦友の消息を確かめたいから
みんな集まっているのかもしれなかった。

結城も一応は戦友の独りだった。
親のスネをかじっていたし
長く付き合っている彼女とも
曖昧な関係を続けていた。
結城はぼくにではなく
自分自身に苛ついているのかもしれなかった。






彼女といつもの居酒屋に行った。
お気に入りの店だった。
魚介類も新鮮で美味しくて
鶏も充実していた。
店内の雰囲気も
騒がしすぎず、かといって
静かすぎず、居心地がよかった。
「別居か離婚か・・・話してみないとわからない」
 と彼女。「このあいだの件でわかったの」
ぼくはウーロン茶を飲んだ。
彼女の空になりそうな中ジョッキが気になった。
「あなたと別れる事はできないって」
ぼくは彼女をみつめる。
彼女はカウンターの向こう側で焼いている
大きな椎茸を見つめながらそう言った。
「旦那さんとはきちんと話すから
 心配しないでね」

嬉しかった。
目の前にいるこの人を
幸せにしたかった。
でもいまのぼくは
40にして職を失った
さえない中年男だった。

彼女のためにも
将来不安のない
きちんとした生活を築いていきたかった。
好きな人を幸せにできるなら
ほかになにもいらなかった。

グラフィックデザインの仕事は好きだった。
謙遜してはいてもどこかで少しオシャレな仕事だったし
時として全国的に人目に触れる案件にも関われた。
実際の所はオシャレでもなんでもなく
過酷な肉体労働だったけど、
でも仕事自体、好きだった。

でも
将来漠然とした不安を抱えながら
しがみついているのは
彼女に対する怠慢な気がした。
二人の未来の為には
いまが決断の時だった。

辞めた事を後悔していない。
あとは前に進むしかない。

「明日話すからね、心配しないで
 お正月も家族と一緒で逢えないけど
 元気でいてね、私がいなくても
 愉しい時間を過ごしてくれるなら・・・」

現実に飲み込まれ
なにも変えられないでいる自分に
苛ついていた。





ドアがノックされた。
台所で遅い朝食を食べようと
トーストを焼いて厚めにきったハムを焼いて
目玉焼きも焼こうか迷っている所だった。
NHKの集金だったら面倒だった。
学生時代から自分はひどく貧乏で
最下層のぼくから搾取しようとする集金人を
どこかで恐れ、蛇蝎のごとく嫌っていた。
いま思えばぼくは最下層でもなんでもなかった。
昔から卑屈さだけは誰にも負けないみたいだった。
集金にしたって回収するのが彼ら仕事で
ぼくが勝手に恐れ嫌うのは彼らにとったら迷惑な話だった。

ぼくは諦めて
ドアを開けた。

宅急便だった。
すこしほっとしたが
若い男はすこし不満そうにしていた。
こちらに捺印かサインを・・・そういう口吻も
どこか避難が込められているみたいだった。

失業して仕事も見つからないヒガミかともおもったが
そういえばこのあいだ訪れてきた郵便配達の
初老の男も怒っているみたいだった。

きちんとひげもそっているし、
応対に出る時の服装だって
きちんと襟付きの服をきていたというのに
なんだっていうのだろう・・・

かえってこちらが気を遣って
変な笑顔うかべて、お疲れさまですと
愛想ふりまいていた。
ぎこちない雰囲気が嫌だったから・・・
バランスが大切だ。
あちらが無愛想なら
こちらがその分、愛想遣って・・・
そうすることでシーソーは
うまく上下できる。

コンビニで缶コーヒー買うのも
そば屋で注文するにしても
接客は感心する程に素っ気ない物だった。

ぼくが堕ちて行っているからそう見えるだけなのかもしれない。

彼らと対等に渡り合って
椅子とりゲームを挑む意欲すらわかない。
どうやら重傷らしい。

40近い中年男。
薄暗い部屋。
全身の映る姿見の前。
ぼくの意識と世間の解釈は乖離していた。
でもすこし疲れた自分をみれば
世間の解釈に理解を示さざるを得なかった。

歩み寄ろう、ぼくはおっしゃる通り
中年で半分錆び付いたスクラップなのかもしれない・・・
ぼくは最低限のモチベーションを
世界の片隅で生きて行くためのモチベーションを
かき集めた。

彼女からメールが来た。
「こんど逢えますか?
話し合いを今年のうちにできそうなので
 その前に一度逢いたいので」
クリスマスも終わり世間は
年末に向けて一時的にクールダウンしていた。
ぼくはこの沈黙と静寂の狭間から立ち上がってくる
独特の雰囲気がきらいだった。
正月のはしゃいだ無責任な躁状態もきらいだけど・・・

彼女が言う話し合いとは
旦那さんと将来について
離婚、別居、やり直す、様々な可能性を話し合うことだった。
子供の将来についても、経済的なことも・・・

不意に思いついて玄関をでて
インターフォンをおしてみた。
なんどか押したがなんの反応もなかった。

応答せよ・・・外界からのシグナル。
それに気が付かないぼくに
宅配の人は腹を立てていたのだ。

それにしてもあんなに
不満を露骨に表さなくても・・・

とりあえずインターフォンに
故障中の張り紙をしておいた。
ぼくは世間から逃げも隠れも引き蘢ることも無視する事もない。

「わかった、大丈夫
 日時がわかったらおしえてね」
そう彼女にメールをかえした。

日常性は
環境が変われば
おのずとその姿も変えて行く。

日常性とは
ぼく自身がみている
幻想・・・もしそうなら
どうせならもう少し
気のきいた日常をみていたい。





旦那さんとの話は
年明けになると思います、
それまで待ってもらえますか?

そう彼女からメールが来る。

きちんと話さないと・・・
あなたと逢うべきでないと思うから。

ぼくは
彼女を近くに感じていた。
はやくあの頃と同じ自分に戻りたかった。
彼女からの返事が来るまでに。

知らずしらずの間に
ぼくは彼女の知らない
現実の中を生きていた。
仕事を辞めて、世間からドロップアウトしていた。
堕ちていきそうな心を奮起させようと
モチベーションを維持するので精一杯だった。
仕事を辞めた事を後悔していない。
ただ、就職活動してフリーデザイナーのように
仕事をうけてこなしてはいたが
将来につながる具体的な成果が
なにも得られないでいる現状に手応えがなかった。

のんびり構えている時間も経済的なゆとりもない。

きっと
具体的な手応えさえあれば
気持ちも変わっていくのだと思う。

彼女は彼女で
ぼくとは違う現実に立ち向かっていた。
旦那さんとの話し合いと
それ以降の関係性は
きっと彼女にとって
つらい現実になるのだと思う。

ぼくが妻や義理の両親との話し合いと
これまでの展開がそうだった。
なんども話し合って、なんども同じ説明をして
なんども同じ理由で責められて・・・
同じ所をぐるぐる螺旋のようにまわってはいたが
少しずつ前には進んでいた。

ぼくも彼女も
もっとつらい現実に直面するのだと思う。
それまでに、ぼくは
きちんと自分を立て直して
彼女を支えられる余裕を持っていないと
乗り越えていけないのかもしれない。

彼女のいない日々。
ただぼくには大切な物が見えている。
それだけは見失わないようにしないと・・・