相変わらず表のニュースと裏のニュースと
目に映る現実のギャップに
精神分裂症なのだろうか?と思う今日この頃です。
何も知らなければ、もっと心穏やかに
生きられるのでしょうか?
うちの父親がえらくキツイ香水の匂いをさせるので
「お父さん、香水をつけるのはいいが、
いい匂いもつけすぎると臭いんだよ。
もう少しつける量を減らしなさいよ。」
と言いました。
我が家だけのことだと思ったのですが、職場の人や、
業者さんや、道ですれ違う人も全く同じ匂いがする。
(そして頭が痛くなる。)
これは、噂によく聞くシェディングってやつなのか?
友達に疑問を投げてみたところ
「柔軟剤の匂いじゃない?」
と言われました。
柔軟剤でもなんでもいいけど、あんなに臭かったら
本人体調悪くならないのだろうか?と思うのです。
そして、洗濯に柔軟剤は必要なのか?
と考え込む私なのでした。
髪の毛が少なくなってきて気になったので、
シャンプーを石鹸に変えて2か月ほど経ちました。
割と調子はいいです。
大学生の頃に化粧品の毒性や洗剤の経皮毒に
ついて調べていたのもあり、その頃は気をつけては
いたのですが、石鹸シャンプーって普通に
スーパーに売ってないし、元来が面倒くさがりなので、
ついつい親が買ってきた大手企業のシャンプーを
使っていました。
化粧品はとにかく毎日手入れをするのが面倒なのも
さながら、お金がかかるので、眉毛と日焼け止め
くらいしかしてないです。(毎日粉だらけですし。)
たまにちゃんと化粧するくらいでしょうか。
一時期は1本5000円のシャンプーを使ったりも
してみたのですが、普通に考えたら化学物質の塊だもの、
そりゃ効果ないよねー、ムダ金でした。
何ていうか、普通に髪の毛がなくても変に思われない
社会になるのがいいなぁ、とか思うのですけどね。
顔のあざとか髪の毛とか、その人らしさとして
受け入れられていければいいのに。
備蓄の件で、親に
「料理もしない人間が、調味料とか大量に買ってきて
バカじゃないの⁉」
みたいなことを言われました。いや、調味料の
備蓄って意外と大事みたいですよ?
うちの親は「大手企業は安心」「安いのがいい」
みたいなところがあるので、あまり裏の表示を
見ようとはしません。
アミノ酸等って、コオロギ大丈夫かしら?
買ってきたゼリーとかを見ると、危険と言われている
人工甘味料が入っていたり。
(ていうか、あれは本当にどこにでも入っている!)
おいしいとかはもちろん大事だけど、安心して
食べられるというのが一番大事なのでは?と思う
私なのです。
人は食べたものでできている。
人間の組織は120日くらいで入れ替わるということ
らしいですが、テセウスの船ではないですが、
今ここにいる私は、「本当の私」なのか?という
疑問がわいてきます。
最近、「生きる」って何だろう?って本当に
考えます。
どうせいつか死ぬのに、なぜ生きるのか?
子孫を残せなかった(生物として欠陥あり)人間と
しては、これから先も生きていく価値はあるのか?
生きていても仕方ないのではないのか?
死ぬのは痛そうだから自殺はしないだろうけど、
安楽死とかあったらちょっとしたキッカケで
選んでしまうかもしれません。
「死ぬまで生きるんだから、
まぁ、とりあえず生きていこうよ。」
明るい、楽しい未来を想像しないとな。
さて。
思い返してみれば、物心ついた頃から
「変わった子ども」と言われ生きてきました。
本人今でも、どこが変わっているのかちょっと
分かっていないのですが、ずっといじめられたり、
集団になじめなかったり、「みんないっしょ」が
嫌だったというところが、すでにその兆候
だったのでしょう。
扱いにくい人間だったと思います。
親には大変苦労をかけました。
いじめというのは「自分たちとは違う」という
意識の中から生まれるものだというものなのは
分かってきました。
「出る杭は打たれる」のか。
納得のいかないことはしたくない。
面白いことを思いついたなら走らずにはいられない。
もしかして、もしかしなくても、私はちょっと
グレーゾーン入っているのかもしれません。
大学生の頃、友達が「アスペルガー症候群」と診断され、
「とにかく生きにくい」と言われました。
私も同じだという話をしたならば、
「健常者のあなたにはわからないから!」と言われました。
まぁ、一応健常者ということにはなっていますけど、
私の片耳が聞こえないのは少なくとも健常ではないです。
そして本当に健常たっだらその後何年かして
「適応障害」とか「うつ」とか診断されなかったかも
しれないです。
そもそも普通って一体なんなのか。
私はかなり幼い頃から「普通って何なのだ?」と
考えながら生きてきました。
「型にはまらないお子さんですね」とも言われました。
こないだも世間話を幼なじみとしていたら、
「久遠さんはやっぱりマイノリティーなのね」と
言われました。
彼女曰く、人間には多様性が必要で、同じような人間
ばかりだと滅びてしまうので、生き残っていくためには
マイノリティーも大事なのだというお話でした。
否定するのではなく、「こういう考え方もある」と
肯定してくれるのはありがたいことです。
ずっと昔に「トゥルーマンショー」という映画を
見ました。
「なんだか私の人生みたいだな。」
と思いました。
その時、他人にその話を言ったら笑われてしまいましたが、
ここにきてどうやらその感覚は合っていたみたいです。
「つくられた世界」。
同じ「つくられた世界」ならもう少しいい夢見させろよ!
って思いますが!もっと幸せにさせろや‼
つくられた世界もあまり楽しいものではなかったですが、
壊れて来てみれば、本当にひどい。
なんで周りの人が正気で生きていられるのか。
私は滅亡論者ではないので、毎日「良くなる、良くなる」
とは思っていますけれども…。
日本人は同調圧力が本当に強いなと思います。
いつまでこのクソ暑い中、外ででもマスクをするのか。
マスクには感染を予防するという効果は最初からないと
言われていたのに。
最初の頃は「あの人、マスクしないと嫌な気持ちに
なるかもしれないから、してこうか。」という
気持ちにもなりましたが、もうすっかり嫌になりました。
むしろマスクの害の方が言われているのに、バカの
一つ覚えみたいにマスクをつけ続けることの方が
理解できないというか。
こまめに付け替えるわけでもないのに、汗と唾液で
ぐちゃぐちゃになったマスクをつけるのに嫌悪感は
ないのか?とかいろいろ考えてしまいます。
人が密集している中でならまだ分かりますが、
外でもつけるのか?人いないのに?
道を歩いていても、いまだにマスク人口の多さが
嫌になります。
女子高生がマスクを取ると、ヒエラルキーの上の
女子高生に
「マスク取るなんて、顔に自信があるのね!」
と言われるらしいです。(だから取れない。)
「あんた、ブサイクだからいつまでも
マスク取れないのね!滑稽ね!」
くらいかましてもいいと思うのですが、難しいよね。
「自分と同じ」じゃないと許せない病気なのか。
あまりにも忙しすぎて余計なことを考えたくないのか。
あまりにも洗脳が深すぎるのか。
もう少し他者に寛容に。頭を使って考える人間で
あるといいのに、と思うのでした。
ちなみに電磁波防止ネックレスも、大量の水と缶詰も、
マイナンバーカードを返納したことも、親には
「頭おかしいんじゃないか⁉」と言われましたが、
いいんです。
頭おかしいのは昔からですから。
私のお茶の先生が、60過ぎにして久しぶりに
会社組織に入ったそうです。
25年ほどご自分ひとりでお仕事をなさっていたそうで、
呼ばれていくことになったらしいです。
還暦を過ぎて、今までの経歴を買われて
そういう風に呼ばれたというのも素晴らしいですし、
還暦過ぎて新しい環境に入るのもかーなーりの
勇気が必要だと思うので、先生の決断に拍手です。
さて、1か月が過ぎて。
先生は「話す機会がないから言葉を忘れそうだ」と
おっしゃっていました。
会社の中に人はいるけれど、なかなか話す
キッカケとかもない。
自宅で働いていた時にはひとりで働いていたとしても
ラジオをかけていたから、そこそこ世の中の動きに
ついていけていた。
でも今はラジオすらかけていない、しーんとした
オフィスだから、言葉を忘れそうだということです。
私の職場はラジオをかけていても、聞こえるのか
聞こえないのか分からないくらいの音量だし、
ワケ分からない歌ばかり聞こえてくるし(なぜか毎日
歌う人がいる。しかも何曲も。)、そんな状況よりは
よっぽどストレスがないしいいかと思いますが、
そこは人によりますね。
私も人と話す機会がないので、言葉を忘れそうです。
まだ子どもと「分からないけど、分かったよ。」という
ほのぼのとしたやり取りがあった今までの方が
良かったのかなぁ、と思う今日この頃です。
大人と話をするとなんだかものすごく気を遣うし、
疲れるし、「大人の世界」は私には合わないと
心の底から感じます。