中1の5月に二度目の不登校になった息子。
中3から転校を決めた。
私立中学から公立中学への転校だった。
中2の3学期が終わった数日後、
副校長に電話をした。
通知票をもらっていない事、
今までの担任の対応、
息子と私の思い。
今思い出しても少し苦しい気持ちになる
副校長の電話が終わった数時間後、
元担任から電話がかかって来た。
通信表は適応指導教室の出席日数が届いたら
作成して郵送するとの事だった。
忘れていた、とは一切口にはしなかった。
遅くなって申し訳ありません的な感じだった。
暫くして、本来は送らないで
そのままにしておいただろう
プリント類を郵送で送って来た。
そして、お手紙が入っていた。
「アクアくん
お元気でしょうか。
○○学級(適応指導教室)から
最近、登級する日が多くなっていると
伺い、うれしく思いました。
四月からの準備は大丈夫でしょうか?
何かあれば連絡をください。
二月後半からのプリント類を添付します。
使えるものがあれば利用してください。
また、後日、別途書類も送付予定です。
○○ ○○」
これが一年間担任をしてもらった
先生からの初めての手紙だった。
今までお世話になったとか、
息子が登校出来る様に
何か考えてくれたとか、
そんな感謝の気持ちがあったら
この手紙も嬉しく思ったかもしれない。
でも…
この手紙を息子に見せたら、
「今さらだよね。」と。
私も同じ気持ちだった。
顧客からのクレームで
上司から叱られたので
対応しました、って印象。
言われてやりました感。
転校を決めて良かったと心から
思えた。
振り向かずに
前を向いて行くしかない。
そして、数日後
通知票が届いた。