こんにちは、アクアです。
自分を知ることが幸せへの最短コースだと信じ、最近は自分とはなんなのかにフォーカスするようにしています。
今日のテーマはHSP!中でも「洞察系HSP」についてです。
HSP
自分がHSPであることを知ったのはもうずいぶん前のことです。
勝間和代さんがメルマガで、ご自身もHSPであることに触れており、チェックリストを紹介されていました。
試しにやってみたら私自身も圧倒的HSPであることがわかり、それまで抱え込んでいたもやもやがクリアになりました。
その後。
最近HSPという言葉自体がじわじわと社会で認知されだしていますが、そんな中で私は新たなもやもやを抱えておりました。
私、なんか違くない?
- 周囲の思いはすぐに察知する
- 考え過ぎ、気にしすぎと言われるレベルで、物事の全容やその手段を実行したときのリスクの具体例が瞬時に思い浮かぶ
などは自覚しているのですが、なんというか、繊細さが足りない…
子供の頃は言いたいことを言えないですぐ泣いてしまうような子だったのですが、それではやっていけないことに気づき、高学年頃から一気に「思っていることは言う!」「違うものは違うのだ!」と言う人間になりました。「正義の味方」というあだ名が示すように結構な正義厨だった時代を経て、社会で揉まれまくって今に至ります。
かといって、刺激を好むHSSとは違うような気がするし、これは一体???と思っていたところに目にした新たな概念が「洞察系HSP」でした。(拝見した皆川公美子さんの記事はこちら)
洞察系HSPって?
- 物事の本質を理解したい
- 多角的・俯瞰的に物事を思考したい
ぜひ詳細は上記リンクからお読みいただきたいのですが、もう「あるあるあるある!!!」のオンパレード!!!
私は企業に所属しており、日々「全体最適」という言葉を耳にするのですが、
「それは全体最適じゃなくて『あなたにとっての最適じゃないか』」
「この発言は、物事の本質ではなく話者の利益でしかないポジショントークなのでは?」
みたいなことを察してはうっかり指摘して地雷を踏むことが多いです。
HSPってもっと儚い感じの、繊細な感じの、というイメージだと思っていたのですが、それは「共感性の割合が高いHSP」さんだったのですね!
私はむしろ「これ言われたら嫌だろうけど、ここを外したらゴールもずれていっちゃう!どう伝えたら気分を害することなく受け止めてもらえるだろうか」と策を練り、ユーモアを交えるべきか一般論として語るかを、これまた瞬時に判断して会話を続けていく事が多いです。
そして、どこまで話せば私がその結論が本質的であると確信したか伝わるかを試行錯誤するため、基本話が長くなります…
自分自身は本質を直感で掴み取ることが多いのですが、その結論だけを伝えると「話が飛躍している」と思われがちなので、論拠を相手にもわかるように伝えます。
でも、自分と同様の理解を得ようとすると、ひとつひとつの前提について話をしなければならなくなり、結果非常に話が長くなります。なので、自分に関わる仕事以外は、「他者の、自身と同様の理解」は求めない事が多く、そこが疎外感に繋がります。
ちなみに、このように文章に書くより「話すほうが得意」です。人前で話すことも苦になりません。
それにしても皆川公美子さんのブログが秀逸で、こちらの子供の頃の内容は「あれ、私の過去を見てきた!?」というくらい。
小学生の私の悩みトップ2は「石油があとどのくらいで枯渇してしまうのか」「人は死んだらどうなるのか」でした…
常に漠然とした疎外感を感じており、三者面談では母が「お子さんは『友達の輪の中にいても、いつも一歩外から見つめているような印象です』と言われていました。
まとめ
HSPにもいろいろあるよね!←
洞察系HSPという言葉は、本当に腑に落ちるので、皆川公美子さんのブログを漁りながらさらに自身への洞察を深めていきたいと思います。
