≪11月23日生まれの音楽家たち≫
昨日コンビニに寄ったら
限定チロルチョコが
ラスト1個。
ついつい買ってしまいました
アイスの店・コールドストーンとの
コラボチョコ。
ラムレーズンですので、
お酒に弱い方は注意
では本日分をどうぞ
注意
ファリャ(マヌエル・デ・ファリャ・イ・マテウ;Manuel de Falla y Matheu)
1876年11月23日~1924年11月24日(享年48歳)
スペイン;カディス
作曲家。
「恋は魔術師」「三角帽子」など
写真は以前グラナダのファリャの家に行ったときのものです。
アルバンブラ宮殿のすぐ側にあります。
彼が音楽を始めたのは結構遅く、
時代背景もあるのですが
当然注目されるのも遅かったのです。
27歳のときマドリッド王立音楽院でのコンクールに
オペラ「はかなき人生」で見事1位を獲得、
翌日のピアノコンクールでも1位ということで一躍有名に。
その後1907年から1914年までにパリへ赴くのですが、
ドビュッシーやデュカスとの親交は深めたものの、
作曲は手付かずでした。
第1次世界大戦が勃発すると、
マドリッドへ帰りまた作曲を始めます。
彼の音楽の特徴は
スペインの民族音楽を取り入れたことで、
フラメンコはもちろん、
サルスエラなども影響を与えています。
そして1921年から1939年までは
グラナダに住み(写真の家)、
その後はフランコ政権を逃れるために
アルゼンチンへ亡命、
移住し、そこで生涯を閉じています。
ペンデレツキ(クシシュトフ・ペンデレツキ;Krzysztof Penderecki)
1933年11月23日~(現在83歳)
作曲家&指揮者。
「広島の犠牲者への哀歌」「ルカ受難曲」など
トーン・クラスターという密接音群の書法で
作曲した音楽家として知られています。
また微分音(半音の更に半分)を
多用したことでも知られています。
理論的なことは難しいため、
彼の作品を聞いていただく方が良いかもしれません。
しかし「ルカ受難曲」を書き上げた後は
新ロマン主義に傾倒していき、
作風は古典的なものとなりました。
交響曲第2番「クリスマス」などは
クリスマス・ソングとして
お馴染みの曲が引用されています。
コンサートでよく取り上げられる現代作曲家です。
曲はキリスト教色の濃い作品が多い気がします。
日本との関連(?)では
「広島の犠牲者への哀歌」などの作品があります。
高齢のためか今年の情報も特にありません。
ペンデレツキ公式ホームページ【ホーランド語/英語サイトあり】
小室等(こむろひとし)
1943年11月23日~(現在73歳)
日本;東京
ミュージシャン。
多摩美大の彫刻科を卒業しています。
1961年に音楽グループを結成しますが、
有名になったのは1968年結成の「六文銭」でしょう。
上条恒彦もメンバーだったこのグループは
第2回世界歌謡祭でグランプリを獲得します。
しかし1972年には解散、
3年後にフォーライフレコード社を
発起し初代社長に就任しています。
近年俳優活動もしたり、
タレントとして様々な番組にも出演していますが、
特に注目するのは娘の「こむろゆい」とのコラボでしょうか。
Lagniappeなどといった名前で活動しています。
その活動の詳細はオフィスキーズのホームページにて。
(今年も差し迫りましたが、まだライブはあるようです)
オフィスキーズ公式ホームページ
林田健司(はやしだけんじ)
1965年11月23日~(現在51歳)
日本;東京
ミュージシャン。
「SHERRY」「青いイナズマ」など
彼自身はブルースやロックを
得意として歌っていますが、
楽曲提供の方がヒットしています。
楽曲提供したタレントはSMAP、
KinKi Kids、中山美穂など。
1991年頃から音楽家として活動を始めています。
しかし1998年に夫人が急逝、
2000年に休息宣言と時折活動を休止することも。
現在はライブ活動が中心のようです。
ホームページのアップが最近では
ないようです。
Facebookでは事後報告っぽいので
どうしてもという方は
検索で探してみてください
(一応HPは記載しておきます)
林田健司公式ホームページ