「このまま話せばいいのか?」桐山が佐川に訊ねた。「もちろん」と答えた佐川はちょっと考えて付け足した「モニタに顔を出しますか」
「顔があるのか?」
「合成ですけどね、リアルでしょうから。女性と男性、どっちにします?」
「・・・化け物め・・・」
「もっと驚く事実がありますよ。コレは後ほど」
「男性でいい。年齢指定出来るか?」
「どうぞ」
「40歳の平均的な男性でいい。どうせ中身は・・・」
ー私は自分を”人間だ”とは申しませんが、コンピューターでもありませんー
「アクセスを求めた理由はなんだ?」桐山は真っ先にコレを知りたいと思った。
ーZoo.に関わる報告がありますー
「そんなこと、レポートであげて来ればいいだろう?」
ー私はマスターの考えも知りたいと思いましたー
「佐川。マスターって誰のことだ?」「桐山さんと僕のことですよ。奥山室長はもういませんから」
「なんで俺が含まれている?」
「忘れましたか?THUKUYOMIの起動を行ったのはあの時の3人です。そして、THUKUYOMIを停止させることが出来るのも」
「俺はそんな方法は知らんぞ」
「優秀なプログラマーならば”停止”させることは可能ですが、アクセスするための第2パスワードが必要です」
「ありゃあ・・・おい、言っていいのか?」
「構いませんよ、3桁の数字でした」
「そんなもん、一瞬で突破されるじゃないか。あの時もそう言ったはずだ」
「あの3桁の数字を起点に”ある操作”を行ってます。今では・・・32億桁ぐらいになっているはずです」
「はあっ?」
「室長を含め3名。DNAサンプルを読み込ませましたよね。3桁の数字をあるルールに従って塩基対の配列に戻すんです。出来上がる配列に意味を持たせてあります」
「よく分からないが?」
「パスワード解読はほぼ不可能と思えばいいですよ」
「ではやっぱり俺は無関係じゃないか」
「いえ、まだ必要なんですよ」
(まだ・・・?)桐山は引っかかったが、ここで敢えて論議をする気は無い。
「俺もマスターか」
ーそうです、桐山さんー
「気持ち悪いが・・・仕方ないな。THUKUYOMI、お前は何を知りたい?」
ー月読ではなく、そうですね”月”と呼んでください。人間には発音しにくいようですしー
「ソレはご丁寧に。では訊く、お前が知りたいことはなんだ?」
ー順序だててお話した方が良さそうです。桐山さんは私のレポートを読みましたか?ー
「まだだ。通常のレポートなら大体知っている。月がレベル5として報告してきた内容に関しては何も知らない」
ー佐川さん、この話は続けても?ー
「構わない」
ー私は能力の半分を捜査に。もう半分は私の推測を裏付けるために使っていますー
「推測?月の考えってことか?」
ーそうです。捜査に必要なのは論理でした。しかし人間の思考を理解しないと犯行グループにはたどり着けないと判断しましたー
「はっ!ソレは人間の刑事の仕事だ」
ー桐山さんは犯行グループの思考を理解していると言うのですか?ー
「そんなモンは分からんっ!だが犯行グループも”人間”なんだ。予想はつく」
ー私と同じ考えですね。私ならこう考えてこう行動する、とー
「ぐっ・・・だが機械のお前にそんなことが可能なのか?」
ー桐山さん。私は情報操作であなたのご両親を拘束していますー
「何だとっ!?」
―嘘ですー
「佐川っ!なんだコイツは?」
「月が単なるコンピュータではないと言うことです。月は嘘も吐くんです」
「なんてモンを作りやがったんだ?」
ー話を進めます。私が最初に行ったレベル5は、何故犯行グループはZoo.を名乗ったのかと言う問題でしたー
「ソレは・・・檻の中で殺したいからじゃないのか?」
ー非論理的です。わざわざ面倒な仕掛けを作らなくても良かった。拉致出来るのだから、その場で殺すことも出来たはずですー
「劇場型犯罪が答えだ。国民の敵をみせしめのために殺したかったんだ」
ー非論理的です。殺した後に犯行声明を出す方がリスクが低いのですからー
「Zoo.の出した犯行声明に答えがある。犯行グループは国民の敵を猛獣と表現した。だからこそ、国民の敵は檻の中で殺さねばならなかった」
ーこの話は保留しましょう。私はZoo.がキーワードではないかと考えて、全国の動物園のあらゆるデータを調べましたー
「報告が無かったが?」
ー無意味だったからです。犯行グループの特定に繋がる情報はありませんでしたー
「賢明だ。無意味な情報は不要だからな」
ーメインモニタにレベル5の情報を出します。ただし、時系列はバラバラになりますので、俯瞰的に見ると言う程度に留めてくださいー
「月との接続は?」
ー私はサブモニタにイメージを出しましょう。その方が話しやすいでしょう?ー
「至れり尽くせりだな」
「月が行ったレベル5のレポートは7つ出ています。最後の”Z”と名付けられたファイルまで一貫して、リストのみです」
「リスト?」
「月の行った推論などは無意味でしょう。結果として出された情報はリストにしかならなかった」
「モニタに一覧表示じゃ見にくい。個別に呼び出せるか?」
「お安い御用です。リストタイトルだけ並べます。読みたいリストを音声指示でどうぞ」
「待て。タイトルですら意味不明だ」
「有意でしょうね。では端から表示させます」
違法滞在者犯罪リスト・文科省制作ギフテッドリスト・政府関係者・・・不穏分子検出ファイル・・・Gファイル・・・?
(Gだと?)
「月っ!Gファイルとはなんだ?」
ーGovernment、つまり政府が秘匿していたファイルです。私にも意味が計りかねますが、重要なファイルであることは確かですー
「中身を詳細に出せ」
そこに並んだのはステップファミリア(児童養護施設)のリストと、歴代政府閣僚の名前だった。このリストの意味は分からない。だが桐山はその中に2つの名前を見つけた。「松下正義」「高山祥子」である。リストの中ではかなり離れた位置に記載されていたが、何故この2人がこのリストに掲載されたのだろうか?政策でも慈善事業でも、この2人が並んでいた記憶は無い。
「月。松下正義と高山祥子の関連は?リストに連名で並んだことはあるのか?」
ーあらゆる情報を検索した結果、多くのリストに名を連ねていますが、テロ被害者の中で逆にこの2人だけがリストアップされた資料はありませんでしたー
「最後の”Z"ファイルの意味は?」
ー私が作った容疑者リストですー
「何だって?容疑者を絞り込んだのかっ!」
ー内容をご覧ください。対象人数は650万人以上。全員にアリバイがあります。ヘンペルのリストに入った国民ばかりですー
「どういう意味だ?」
ーそのままの意味です。容疑者はこのリストの中にいますが証拠が無いと言うことですー
「どうやって割り出した?」
ー犯行が可能だった。それだけですー
「佐川っ!このポンコツをどうにかしろっ!」
「桐山さん。何故月がこのリストを最後にレベル5の捜査を停止したのか、興味がありませんか?」
「そもそも、だ。レベル5の必要性はあったのか?」
「ありました。月がサーチ出来る情報の深度は深いんです。関係者のみが閲覧出来る情報だけでなく、スタンドアローンのデータベースにも潜り込みます」
「スタンドアローン?不可能じゃ無いのか?」
「特殊な方法で潜り込むんです。論理的には可能なんですよ、情報を読み出す端末をたどってハッキングすればいい。どこかで必ず誰かの端末がネットにアクセスしますから」
「とんでもない手間と時間がかかるってだけか?」
「その通り。そして月にはその能力がある」
「当然、機密ファイルもサーチ可能か」
「そうですね。そして月がサーチしている場合、ココの課員や私たちにも漏らせないってこともある」
「結果、Gファイルが出てきたじゃないか」
「Gファイルの意味が分からない。月は判断を私たちに委ねた。そう言うことでしょう」
ーお話を続けてもいいですか?ー
「もう少し待て」佐川がTHUKUYOMIを制した。桐山は話の大筋さえ見えていない。こんな捜査方法は特殊過ぎる・・・
16号埋め立て地。この通称を知る者は少ない。東京郊外にあった埋め立て地の名だ。正確には「最終処分場」となるはずだが、時代の趨勢の中で忘れられていった場所だ。今でも稀に「ゴミ」が運び込まれるが、ソレは「表には出せないレベル」の廃棄物であり、処分したと言う記録も残らない。この16号埋め立て地には「管理者の住居」もあった。今はもう廃墟となってはいるが所有者がいる。登記簿に記載されている名前は「T・T」と言うイニシャルだけ。イニシャルでは無いのかも知れない。「会社名」の可能性もあるが、立ち入り禁止の巨大な敷地内にある家屋の登記簿に興味を持つ者は少ないだろう。そして所有者との連絡が無いまま、この家屋は解体された。
壁面に据え付けられた70インチの8Kモニター。その部屋には大小合わせて15台の8Kモニターが置かれている。画面に映るのは無修正のままのポルノビデオだった。「素人もの」にありがちな画面の暗さは無い。逆に明るくて眩しいぐらいの画質で撮影されている。映っているのは素人女性だろう。やや長身で美しい顔立ち。最初は撮影に乗り気だった女性は、徐々に苦痛の表情を浮かべ、最後には泣き喚いていた。女性1人に対して、男性の数がどんどん増えていくのだ。苦悶の表情を浮かべながら、女性は行為中に動かなくなった。
ビデオはまた最初に戻って繰り返し再生される。タイトルテロップは「松下小枝子」
この部屋は閉ざされている。空調と大きな冷蔵庫は動いているが外には出られない。扉をコンクリートで埋められた地下室の中で、松下正義は呆けた表情で座り込んでいる。大事に育ててきた孫娘が凌辱され死んでいく。大音響で笑い声も悲鳴も、最後の呼吸の音まで再生され続ける。
「大事に育ててきた」と思っているのは松下正義だけだ。孫の小枝子は「祖父の殺害」を依頼した。
この地下室は閉ざされたまま埋められていくのみだ・・・
10月に入って急に涼しくなった。小枝子は大学からの帰り道で映画を観た。特に興味があった映画ではない。同じ講義を受けている友人からチケットを貰ったのだ。「そして誰もいなくなった」は何度も映画化され、小枝子はそのうちの数本を観ていたし、原作は英文の原作でも読んだ。今作は俳優も新たに制作された作品だ。原作に忠実であったが、映像美に魅せられた。鑑賞後、映画館を出てすぐの場所にあるブティックのショウウィンドウをぼんやりと見ていた。ガラスに映る小枝子の後ろに立つ男がいた。「園長」の姿だった。静かに歩き出す小枝子を後ろから追い抜きざまに小さく囁いた。
「相応しい最後でした」
ありがとう。
小枝子はほんの少しだけ心に波紋を広げただけだ。