Monkey Park(EP11) | Zoo.

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新潟県新潟市の駅前。大規模チェーン店の店内でその事件は起こった。ボックス席で向かい合って座っていた男がもう一人を撃ったのだ。店内にいた他の客は何が起こったのか理解していなかった。「パンッパン」とやや大きめの乾いた破裂音を聞いて、ソレが銃声だと気付く国民は少ないだろう。隣のボックス席にいたカップルも現場を見ていながら、理解するまで数秒かかった。そして若い男の方が悲鳴を上げながら、自分のスマホを撃った男の顔面に投げつけた。撃った男はスマホ直撃の痛みに耐えながらにやりと笑い・・・自分のこめかみを撃ち抜いた。この銃声でやっと事態の重さが店内を突き抜けてパニックになった。もう銃を撃つ者はいない。隣のボックス席に座っていた男は腰が抜けたように動けず、女は口をポカンと開けたまま静止している。この並んだ2つのボックス席だけが時間に取り残されたようであった。店員の通報で5分後には防弾装備に身を包んだ警察官が臨場したが、もう銃撃犯は死んでいる。もしも銃撃犯が生きていて、銃撃戦になったら警察官は死んでいただろう。この国の「防弾装備」は貧相なままだ。

「確保ぉっ!」死体となった銃撃犯の男に銃口を向けながら警察官が吼える。隣にいたカップルは別の警察官に支えられ、身を屈めるようにして店外に出た。

謎の多い事件であったが、この”新潟喫茶店射殺事件”は警視庁とすぐに情報共有された。政治家の銃撃事件があり、拳銃を所持していると自首してきた主婦もいた。つまり、拳銃が市中に出回っていることになる。今までは反社会勢力だけが持つことが出来た「凶器」を、今度は普通の市民が所持し使用した。事態を重く見た警視庁は事件の徹底捜査を命じた。反社会的勢力の情報まで集めた結果、射殺されたのは高校生時代からの「いじめ加害者」であり、撃ったのは「いじめ被害者」だった。単純な怨恨ではなく、「いじめ加害者」は更なるいじめ・・・被害者の妹のレイプまで匂わせていた。このことが家族思いのいじめ被害者に殺意を抱かせた。そしてどこからか拳銃を入手した。銃撃した男の行動の解明が進んだ。いつ、どこで手に入れたのか?誰が渡したのか?スマホから1枚の画像が発見された。容疑者の使用した拳銃の写真だ。Exifデータから、撮影日や撮影地等の重要な情報が得られた。9月10日に撮影された写真だった。この画像が発見されるまで20時間以上かかったのは、スマホを作ったメーカーが頑なにパスワードロック解除を拒んだからである。最終的には政府間、日米の合意の下、開示命令が出た。警視庁は最初からこの「合意」を待っていただけだ。パスワードロックを第三者が解除しようと思えば、日数単位で時間がかかる。ならば「合意されるであろう開示命令」を待てばよい。日本政府はそこまで追い込まれていた。米企業に開示命令が下ったと言えば格好がつくが、要はアメリカ政府と企業に「哀願した」だけである。

 

「シグ230だぁ?」桐山が頓狂な声を上げる。新潟事件で押収された拳銃はスイスの企業が製造販売していた「シグザウエルP230」だったからだ。今でも私服警官やSPに支給されている拳銃で、一般・・・闇マーケットも含めて、流通数は非常に少ない。桐山は最初、官給品の横流しを疑ったが、よくよく考えてみれば、横流しは不可能だった。桐山の所持拳銃を含め、全ての官給拳銃は所在が明らかなのだ。故に、拳銃を所持出来る公務員は「職務中」に銃犯罪を犯すことになる。桐山と佐川のように「常時携帯出来る者」はごく少数なのだ。更に驚きのレポートが届く。拳銃から「ポロニウム」が検出されたのだ。鑑識が行き当たりばったりに調べたわけでは無かった。隠岐事件と主婦の自首の件で「何か出ないか?」と必死になっていた鑑識が、筑波大学に調査を依頼して出たのがポロニウムだった。放射性物質であり、どこにでもあると言うモノではない。拳銃事件だと言うことで念のために新潟大学が調べた結果、新潟事件で使用された拳銃からも検出されたのだ。

「ちょっと鑑識課に行ってくる」そう言い残すと桐山はkaleidoscope班を出た。その足で先ずは警視庁幹部の部屋を訪れる。情報が欲しかった。kaleidoscope班は情報の「発信」がメインで、警視庁の細かな部署単位からの情報は上がってこない。そもそも、末端の部課にはkaleidoscope班を知らぬ者も多い。桐山は幹部から1つだけ情報を得て、鑑識課に向かった。

「ポロニウムとはどう言う事だ?」桐山はもううんざりだった。

「ご存じでしょう?」

「一昨年の11月の原発事故だろう?」

「その通りです。原発ゼロを謳っていたD国が一転して稼働させたアレです」

「増殖炉って言うんだっけか?」

「設計はその通りです。実際に冷却材が特別なモノでした」

「爆発したような記憶があるが?」

「小規模ですが爆発事故を起こしました。その時に漏出したのがポロニウムです」

「危険だよな?」

「幸い、人的被害は出ませんでした。実際はどうなのか分かりませんが、漏出した量も福島の事故よりも少なかったようです」

「それで、なんでそんな物騒なモノが拳銃から出てきたんだ?」

「ヨーロッパで被曝したと考えるのが妥当でしょう」

「念のために訊くが、他の可能性はあるのか無いのか?」

「無いと思います。C国の宇宙ステーション関連で墜落した衛星やロケットから漏出したとしても、こんな広範囲からは検出されませんから」

「広範囲?範囲が絞れるのか?」

「簡単にZoo.関連と呼びますが、この関連で出てきた拳銃は全て新しいんです」

「製造後すぐってことか?」

「そうです。詳細は更なる検査が必要ですが、同じ時期に製造された鉄鋼を使用したと考えられる。その鉄鋼そのものが被曝していたのではないかと」

「それで?」

「出てきた拳銃の製造メーカーは全て欧州なんです」

「欧州で最近製造されたってことか?」

「その通りです」

「いや待て。S&Wの38口径はアメリカ製じゃないか」

「少数ながらトルコでもライセンス生産されています。シリアルナンバーで照会出来ました」

「確定的証拠じゃないか」

「まさにその通り。これ以上のお話は捜査課からお聞きください。私たちは証拠を調べ上げるだけですので」

 

(ほんとうにもう、うんざりだ)

 

「どう言うことですか?」実際の捜査に関わったことが少ない佐川が桐山に問う。

「簡単さ。Zoo.関連で使われた拳銃は闇マーケットを通っていない」

「何故分かるんですか?」

「出てくる拳銃は全部が全部、一級品の品物だ。コピーでも古い拳銃でもない。正規に製造されて販売されているモンさ」

「それでどうなります?」

「製造年が1年半以内だと分かった。この期間内に国内に持ち込まれた拳銃はごく少数だろう。当然、闇に出回る数はもっと少ない。日本が正規輸入した拳銃のうち、ポロニウムが検出されたモノは無い。ところが、密輸された形跡もない」

「どう言う事ですか?」

「簡単さ。これらの拳銃を持ち込んだのは・・・政府関係者だ」

「なんですってっ?」

「税関を通らないで済む上級国民もいるんだ。その線で持ち込まれたらもう分からん」

「しかし、そんな拳銃をZoo.はどうやって入手したんでしょう?ある意味、Zoo.の特定に繋がるかも知れませんよ?」

意気込む佐川に、桐山は冷たく言い放つ。

「無理さ。拳銃を横流ししましたって自白する関係者は出てこない。それに、W・Hたちが一斉に密輸ルートの調査から手を引いちまった」

「意味がよく分からないんですが?」

「ホワイトハッカー、つまりは政府や警視庁のお墨付き犯罪者がこの件から手を引いた。この線は洗うとヤバいと判断したんだろうさ。この情報は警視庁幹部から直接聞いたから間違いは無い。お前さん、知ってるか?kaleidoscope班の局長は警視庁幹部よりも偉いんだとさ。Zoo.の捜査に限定した話だけどな」

「偉いの偉くないのに興味はありませんが、つまり警視庁は嘘を言わないってことですか?」

「そうだ。ここから発信する情報が最新で正確だからな」

「つまり?」

「ここにいる俺とお前さんが知らない、または知り得ない情報は無いんだ・・・」

 

これだけの物証を残しながら、Zoo.メンバーの特定には至らない。最大の物証であろうと目された”檻”は盗難品で、持ち主はすでに死んでいた。遺族にとっては邪魔な粗大ごみに過ぎなかった”檻”に実用性を見出したのは犯罪者だった。女川夫妻の監禁に使われた檻は「どこかで誰かが作ったモノ」らしいが、情報が出てこない。昨今は地方都市に空き工場や倉庫がかなりある。そこで制作されたらもう分からない。檻に使われた材料はありふれたモノばかりで、どこから調達されたのか分からず、加えて「盗難品」であれば尚更だ。「鉄板が盗まれました」などと言う盗難届は出されていない。国民を裏切り続けた政府・官憲の責任は重いと言うことだ。ありふれたモノで、被害金額が少ないのだから、わざわざ面倒な盗難届は出さず、ネットで注文すれば済む。そこへ持って来て「政府関係者の密輸」まで絡んできている。拳銃の出どころはこの「密輸」ではないかと考えれば、実際にZoo.が使った爆薬C4も密輸品かも知れない。国内にあるC4爆薬には「マーカー」と呼ばれる成分が含まれている。簡単に言えば「芳香を放つ成分」で、万が一の事態が起きても判別、発見が容易になるように混入される。日本だけではなく、軍隊が使うC4はほぼ漏れなく何らかの「マーカー」を含む。ところがこれが「密輸品」で、しかも出所が欧州だとすると、共産主義国が起こした紛争時に「密造されたモノ」かも知れない。密造品であれば、当然わざわざ発見されやすくする「マーカー」を混入したりしない。

桐山と佐川はこの爆薬の出どころは敢えて追わず、国民が容易に製造出来る爆発物に焦点を絞った。少なくとも、国民による「Zoo.模倣犯」の犯行だけは防がねばならない。

 

kaleidoscope班の捜査は遅々として進まない。インターネットには「爆弾の製造法」と思われる書き込みが存在しないのだ。簡単に「ガソリンを使えば?」のような書き込みは散見されたが、実際に「効率的に爆発させる方法」は検索してもヒットしない。海外サイトには「ある」情報だが、日本政府は平成の時代からその手の「危険情報」をブロックしていた。ネット黎明期には簡単に入手出来た情報が、数年で日本国内のユーザーから隠された。あらゆる情報を走査して「有害と思える情報」は隠されたのだ。例えば海外の「爆弾テロで使用された爆発物」の製法は、事件後3か月で検索不能になった。この事件で、さも信憑性が高いように伝えられたのは、その国のネット検索で「圧力鍋」を検索したユーザーのもとに捜査官が漏れなく訪れたと言う逸話だった。

 

「ヘンペル班はどうしてる?」桐山が佐川に尋ねる。既に「容疑者の絞り込み」は進んでいるはずだ。ヘンペル班は「確実にシロ」である人間をリストに加えていく。通常の捜査と逆の方法をとっている。日本の総人口1億人。コレは住民登録の無い「違法滞在者」なども織り込んだ数字だ。この国に「存在する人数」が1億人。テロ事件を起こす可能性のある人物像は絞り込まれる。例えばほぼ無条件に幼年者と高齢の老人はリスト入りした。まだリスト入りしていない人間は何人だろうか?

「ヘンペルのリストを洗い直しています。僅かでも灰色ならばリストから除外する方向で」

「やり直しかっ!?」

「いえ、リストに加えられていく人数の方が多いですね。洗い直しているのは、kaleidoscopeの設計開発等の関係者のようです」

「で、リストに入れないカラスの候補生は何人になった?」

「待ってください、彼らに確認します・・・現時点で15万人強ですね」

「そんなにいるのか?」

「1億人に対して15万人。0.15%です。僕の予測では候補が人口の0.0001%まで絞り込まれた時点でほぼ”決まり”となるはずです」

「0.000・・・いくつだって?」

「100万人に一人レベルです。これでようやく容疑者を特定出来るはずですね」

「都民に限定しても10人は出て来るじゃないか」

「もう少し少ないはずですが、逆に言えば、通常捜査での容疑者から”白いカラス”を効率的に外せるわけですから。ヘンペル班は容疑者を探してるわけでは無いんですよ?」

「ヘンペル班に伝えてくれ。今までに使った”フィルター”を俺のデスクに持ってくるように」

「かなりの数になりますよ?使われては破棄されるフィルターもある・・・」

「破棄されたフィルターはひとまず置いて、使ったフィルターを知りたい」

「何を考えています?」

「俺が”刑事の勘”で洗い直せるか確かめたい。ところでそのフィルターは部外秘かい?」

「まぁ・・・出所がkaleidoscopeだと言わなければ、部長クラスには開示しても構わないですが、あくまでもマル秘扱いでお願いします」

「分かった。では早速やらせてくれ」