★日の名残
カズオ・イシグロの原作を読んだことがあるが夕焼けの場面とかドライブをする場面 あとはお屋敷とその周辺の 木々の景色は想像した通りだった。
2時間ほど 静謐な時間が流れるが その集中は乱れることがなくて ずっと惹きつけられる。
仕事を プロとして全うする そのためには自分の心も殺す そこに 自己犠牲 や献身 という美しさ があると いう風に描いているから 原作も映画も 評価され続けているのだと思う。
仕事を プロとして全うしないと自分自身も大切な相手も周りもみんな壊れてしまうから そうやったら自分の心を殺した方がいい。
そういう判断を 僕もしてしまいがち で それに対して誰も 評価してくれない感じがするけど この映画は そういう大人として生きる人々に温かい目を向けてくれていると思う。


★わかおかみは小学生
2.5次元 イベントのために見たはずなのに 吉祥寺の舞台や その他の舞台にもとても役立ちそうな映画だった。
何度かどうしても泣いてしまう場面があって それが とても良かった 。
おばあさんや 敵対しそうな お嬢様 も ある程度 リアルさが 少し薄れてその代わりにまっすぐ生きている感じがとても強く出されているので こちらとしても見ている 安心感がある 。
そのため 主人公が成長したり 応援したくなってくる 。
多分 スタッフの中にジブリのスタッフがいたのだと思うけどそれもあまり気にならないくらい とても しっかりまとまってていい映画だったと思う

★マイ・インターン
聞き上手なデ・ニーロの映画。
身体はリラックスしているけど 目は その人の心深くに入っていくような そんな感じで相手の話を聞けたらいいのかもしれない。
関係性を英語でリレーションシップという
リレーションは 信頼という意味がある 関係性は信頼から生まれる そこで友情が生まれる。

★ゴースト~ニューヨークの幻~
公開当初は幽霊とのラブロマンスという点が新しいという理由で評価されたのではないかなと思って あまり期待せずに見ていたが 銃撃戦はあるは肉弾戦はあるわ ルピー ゴールドバーグが出てくるわで とても テンポがいいし 恋愛というよりも 人が人を思う気持ちにフォーカスしているのがとても 良かった。
幽霊が物を動かすために修行をするドラゴンボール的な場面があったり、 電車好きの幽霊が窓ガラスを壊すということが 実は 伏線になっていたり するなどして 面白かった

★すみっこぐらし 飛び出す絵本とひみつのコ
赤ずきんや 桃太郎などの おとぎ話が 同時並行で進んでいく ある種のワームホールみたいなのがあって それが 絵本の ページの破れ目であるという解釈は非常に面白いと思った
オチは知っていたけど 最後 すみっこたちが ひよこ に対して、まわりに絵を書いてあげる行為は 弔いのようなものを感じた。
ひよこが出自がわからないキャラクターだから あんなにたくさんの人々は共感したんだと思う

★MAMA
しっかりとつくられた良作。
中盤までB級ホラー+Jホラーの感じを出して最後はちゃんとバケモンとの戦いを見せてくれるので満足度が高い。しかも泣かせに来る。こういう、モンスター側に感情移入させる話に弱い。

★ピラニア
子供をおそう場面と最後の死屍累々の場面以外はピラニアは影と声のみで姿そのものが大きく写し出されたりすることはない。
ちと期待しすぎた。

★MADGOD
スター・ウォーズ、ロボコップ、ドラゴンスレイヤーなどのストップモーションの神フィル・ティペットが30年かけた大作。

スピルバーグやルーカス、バーホーベンという名だたる映画監督ですら彼にとっては単なる足枷だったのではないかと思えるほど理解を超えた最高の地獄絵図。

★リトルマーメイド(実写)
名曲の連続で殴り続けてくる 素晴らしい 半魚人の映画。
ハリー ベイリー は アニメのアリエルよりも 表情が乏しいと言われるが 大きな目をさらにカッ開いている その表情は生命力に満ち溢れている。 目が離せない顔立ち。
実際にリアルな人魚がいたら こういう表情するだろうな とも思う。
アースラ がアースラの擬人化。
王子がちゃんと王子(人格的に)。
陸に上がってからの話がちょっと退屈だけど何に囚われていて 何が欲しいかどうなりたいか そして 対立するものが同じ望みや 境遇である という ストレートなシナリオ。
アリエルは海から出たい エリックは陸から出たい。
トリトン号の攻撃方法は 潜水艦が 魚雷 撃たれた時と同じ 爆縮。

★白鯨
全体が わからないほど巨大なクジラに対して細い銛だけ持って
「かかってこい クソやろう」
と言いながら突き刺してい姿は無様 かもしれないけれども同時に崇高であるように感じる。
自然こそ神であることを100年以上前からわかっているのにそこに蓋をして 違う真理を探ろうとする 現代…。
最後にたった一人だけ生き残った人間が自分の経験を語り継ごうとする どうして人は 何かを語り継ごうとするんだろう 語り継ぐことによって何が 生まれるのだろう 何が癒されるのだろう。

★ミザリー
要約すると
「元祖ヤンデレが推し作家を監禁しちゃいました」
絵作りが一瞬キューブリックみたいになるのも面白い。
画面のなかに無駄がなく集中させられる。
作家役の俳優が結構飄々としているが、逃げられない恐怖に直面すると案外そんなものなのかもしれない。

★ガメラ3イリス覚醒
今回の劇の初演をされた手塚とおるさん出演作品で気になって観た、仲間由紀恵がミイラになる映画。

人間からするとガメラは守護神だが そもそも天敵を前にすると本能的に戦わざるを得ない宿命のため戦った結果被害をもたらすという物語の構造が面白い。

さらに自分を憎む相手でさえも 助けてしまうというのが人間にはできない 損得勘定を超えた 神に近い 生物がなす業であるというのも面白いと思う。

★セトウツミ
会話劇の参考になればと思い鑑賞。
予想以上に面白く、声に出して笑える場面がたくさんあった!
池松壮亮という俳優がますます好きになる。

 

★ワンピース FILM RED
ゴジラマイナスワンと同じ日に観て、どちらも悪い人間は出てこない。だから観客はスムーズに人間以外のものに悪を想定し、それを倒す物語に熱中できる。ヒットする作品では悪者は人間以外のものに設定するのがよいのかもしれない。
結構物語として粗が目立つけど、それを気にさせない演出になっていた。

★ゴジラマイナスワン
怪獣映画に人間ドラマなんか要らねえ、と思うタイプだがこの映画を通して語られるのは反戦のメッセージ。だから初代ゴジラと同じように人間を描くことが必要不可欠な要素になっていてそれがいい。
佐々木蔵之介のテンションがずっとヤバイ。
そしてゴジラが銀座に現れて国会議事堂に向けて熱戦を放ったが、皇居に向かって放ったようにも感じられた。
またゴジラの最期は骨がむき出しになり、爆発で首をとられる、極めて日本の武士のような終わりにも感じた。


★SFボディスナッチャー
久々に引き込まれる怖いSF映画だった。。
不気味なクリーチャーは要らない、ただ闇夜に走る大勢の人間の影があれば。音響と照明によって不安をあおる、正攻法のホラーSF。
主演のドナルドサザーランドは24のキーファーサザーランドのお父さん。
白目がめっちゃうまいし、表情がめちゃくちゃ生々しくて気持ち悪いし、怖くて最高。
最後にワシントンの合衆国議会議事堂の前を歩く主人公がいい。
そのまんま永田町の国会議事堂でもやってほしい。
「大切な人がいつのまにか別の生物に成り代わっている」という陰謀論が物語の大きな主軸。
コロナ禍以降の現代。いつのまにか自分が少数派になっていたり、多数派の傀儡の駒として動かされていたり、私たちがいかに脆い世界の上で生きているかを痛感させられる。
(個人的に僕は、陰謀論やら思考盗聴やらを信じていない。そもそも宗教自体が「神が存在する」という妄想の上に成り立つある種の陰謀論なので)
感情も苦痛も悩みもない生命体に成り代われたら、と想像する。
でもそれ、生命体でなくてもいいよね。俺でなくてもいいよね。
俺という自意識が、俺という肉体を伴っている。
他の生物の自意識を奪って、食うなら納得する。俺もやっているから。
でも他の生物の自意識を奪って、他の生物の肉体に寄生する。
他の生物に成り代わる必要あるか?とか
動物、とくに人間という動物は感情で動く生き物であり、感情的ではない理論も存在せず、理論が文明を創ってきた。感情を動かすということが、人間として生まれた私の「分」であるとも解釈できるから、やっぱり苦痛も悩みも不安も感情もない生命体になってしまうというのは、進化や生まれ変わりではなく、全く別の生命体が生まれたと解釈すべきだろう。

★ホーンテッドマンション
ゴア船長のエピソードで締める、とか
もうね。。。この監督は引き返せないところまで我々をつれていってくれたなと。
主人公が死別したパートナーを幽霊にして登場させて物語を進行させるといった安易な展開ではなくあくまで生者が死者をどう捉えるか、といった流れもあった。
屋敷の中と外を行ったりきたりする展開はそんなに効果的ではなくそこはハットボックスゴーストの魔力で何日も夜のまま、屋敷から出られないというほうが限界状況として面白かったのでは?
オタク的には、歌う胸像ファントムファイブが出てこなかったこととマダムレオタが水晶玉から解放されたときの衣装は、リトルレオタをベースにした衣装にしてほしかった。。。

★バービー
CEO はそのまま 男性の CEO だし 現実の社会の偏見が大きく変わるわけではない嫌な 現実を残しつつ じゃあ自分1人 で何をするの というテーマが あるように感じて 現実的 な アプローチだなと思った。
軽く扱ってごめん、とか、 かっこつけて歌っている その歌詞の中に本心が あるように感じられたり そういう 素朴な感情が 可愛いピンク色の世界 デフォルメされた 世界観の中で 印象に残る。

個人的に。
いつの頃からか男性性を降りた。
少なくとも自分から降りた、あきらめた意識があるのはコロナ禍2021年くらいからかな。この映画のアランのように
男女の性に関する戦いにおいての
その土俵で意識される価値がない男性
のように生きてきたし、たぶんこれからもそう。母娘を男たちから肉弾戦で守るアランは本当は強くてしたたかなはずなのに、男性としては意識されない。映画の最後もアランの処遇について何故か宙ぶらりんで終わっているがモブはモブでいるのが幸せじゃない?ということなんだろうか。
それを本人が望んでいればいいけれど。

★E.T.
スピルバーグは 映画監督というよりも 脚本で 何を セリフで表現せずに絵で表すか ということの天才だと思う。
多分 なるべく セリフで表現したくないっていう自分の意識はこういう作品を 幼少期に見ているから 発生するのだと思った。
2000年に リマスターされたバージョンを見たが ET の 表情などについて CG で表現されている部分もあるが 感動的な部分は おそらく 当時のオーディオアニマトロニクスそのまま使っている。 そこがまたいい。

★ドライブマイカー
カタルシスとは何だろう。
自分の人生の惨めさ に似ている現象が 映画や舞台で起きている時
その現象が、クオリティが高かったり金をかけて規模が大きく表現されていたりするほど自分の人生が惨めさ含めて尊重されて扱われている気がする。
この大切にされている実感がカタルシス なんだろうか。
自分の人生にだけあると思っていた惨めさの足かせが実は今まで見えていなかった世界中の人々に自分と同じ足かせがあることを見せて、その足かせや辛さは語られる価値があると感じさせる これがカタルシス なんだろうか。


★キラーコンドーム
装着するソレが実は意思と牙を持ちアレを食いちぎる人工生命体。その謎を追いかけるニューヨークの刑事。

ふざけつつもアメリカンニューシネマの社会批判の硬派さもあり、ジェンダーへの意識が高まる昨今、リバイバル上映されるのも頷ける。
男性器なんか切り落とせばいい、性行為は危険だ、子孫を残すこと以外の性行為を罪だ、そういう論調が今マジで議論されてるけど30年前にこーやって映像にされてるという点で
そういう議論なんてB級映画が30年前に通過してるんだわ。と誇らしく思う。
B級映画こそモダン思想史の真髄。

★ゼイリブ
主人公は初め正義にかられて現状に反旗を翻すのではなく実は周囲の世界は宇宙人に騙されていて、その騙されていたことや宇宙人の正体の醜さに怒り、いらだつ。
それが原動力となって物語が進み少しずつヒーローっぽくなりはするが最後まで怒る一人の人間である点もいい。
かつてのホームレスの仲間が宇宙人の仲間入りをして、主人公たちを宇宙人の秘密基地を案内するというのも興味深い。
馬鹿な奴と他人を利用する奴はいつの時代どこの国にもいるから
以前は仲間だった馬鹿な奴が敵に操られ利用され、のちに再会、馬鹿な奴をおだてて調子に乗らせて逆に主人公が馬鹿な奴を利用して敵の本部に近づいていく、というストーリー展開は面白い。


しかし教会(キリスト教)は宇宙人の支配下にならずレジスタンスのアジトである、という暗黙の描き方はいただけない。宗教こそ洗脳装置のひとつだからだ。


★ショーガール
脚本も演技もキャラクターも本当にメチャクチャ。
おまけにセリフも下品なものが多くて話の中身が入ってこない。

でも主演の俳優をラジー賞にしたのはおかしいと思うくらい、マジで熱量高く真剣に演じていた。
ダンスもキレッキレで有名な俳優の若い頃かな?と思うほど。

 

★ウルトラヴァイオレット
紙でできた携帯電話やブレスレット型のクレジットカードなど、小道具的な面で驚くところがあった。見た目からは信じられない機能があるモノが登場すると未来館を感じさせるし、ミニマリズムやメタボリズムのような美術セットは、無駄なものがそぎ落とされていた。
ダムタイプのインスタレーションのようでもあって、この映画からなぜかダムタイプの未来感、先見性を改めて感じた。
ミラジョボビッチは素がいい人感が出すぎてて面白い。
500人くらいの警備隊でミラジョボビッチを出迎えて、みんなで銃撃した時、ミラジョボビッチは当然立体映像なんだけどその直後に車が自爆したりすればよかったのになあ。
街並みのCGとかは酷い。ウィンドウズ98で作ったんか?ってくらい。

★イーオンフラックス
後に何も残んないけどとりあえずシャーリーズセロンは とても大変な人生を歩んで 俳優になったんだなということ が一番心に残った

★最後の決闘裁判
人間の生き死にや 殺し 殺され 情欲からくる問題は100年前も起きたことは 必ず100年後も起きる。何故なら人間から消えないから。
男から見たレイプの回想は 女の悲鳴は聞こえない。
裁判の家庭でも オーガズムを感じたか とか 根掘り葉掘り聞かれて でもその原因は 科学 の知識が あまりにも 乏しかった時代だったからであって それは 現代の人権意識の低さと通じるものがある 劇中でも堂々と 強姦によっては 妊娠しない のは科学的な常識である なんて言われてたし。
誰かをもの のように扱うから 物のような最期を遂げる。
最後 大聖堂に向かって 神に祈るが 家父長制や 男性 支配 の世界観と 宗教における 権力の構造はほぼ同じものだと 考えた方がいい。
何かにつけて 神に祈ろうとか 決闘で決めようとか 本質的な解決策 じゃないことをしでかしてしまうのは これからもあるのだろう。

★王様の剣
ディズニー映画の中でも とても マイナーな映画。
剣を抜いたものが イギリスの 王様になれるという アーサー王の伝説がモチーフだけど 最後 結構あっさり 抜けちゃって あっさり 映画が終わる。
魔法使いのマーリンはわしは 未来の世界を見てきたという たった1行のセリフだけで 蒸気機関も 飛行機もサングラスも持っている 理由付けになってしまっている。
ここで表記されるのはアラジンの ジーニーである アラジンの世界も おそらく 1500年代とか だと思うんだけど ジーニーが歌ったり踊ったりする時 魔法を使ったりする時には ネオンサインが出たり 車や 冷蔵庫とかいろんなものが飛び出してくる。
その時代には絶対に存在しない未来のものがポンと出てくる という ディズニー映画あるあるはこの王様の剣 が 源流 ではないかと思った。

★グリーン・ナイト
何も考えず 壮大に 感じる 映画だと思った。
途中から若干 テンポが遅いかなという風にも思ったし 難解過ぎて ちょっと つまらないかもしれないと思ったが 最後の15分ぐらいが セリフが一切ないのに 急激に面白くなるのが良い。
加護を受けた 腰紐 を精液で汚しても 騎士である前に人間で あることは何も恥ずべきではないというメッセージなのではないかと思っていたが だんだん その腰紐が実は呪縛になっているということが 面白いなと思った。
そして自分の親も実は 緑の騎士を 殺せていないということを 目だけで悟っているように感じる場面があって そこも面白いなと思った。
白い布を目に巻いた老婆は何のモチーフなのだろう。 妻と夫との3人のセットだと キリスト教の三位一体の概念を表しているようにも思える。
神話において 動物と行動を共にする 主人公は必ず勝つという セオリー がある 途中からキツネと一緒に行動するが そのセオリーは裏切られ 何を信じていいかわからなくなるその時に 信じられるのはもう自分しかないのだろう。

★トロールハンター
マジでマジでマジで最高のB級映画。
ノルウェーの雪原に現れた巨大なトロールに対抗する紫外線照射装置を背負った孤独なハンター。
そして政府関係者と報道サークルの学生たち。
とにかく
隠れる!逃げる!戦う!
の繰り返しなのに無駄がない、素晴らしい。
闇夜の森の中でなにか巨大な叫び声がして木々がざわめくんだけど暗視ゴーグルを着けるとそこにコイツいるとか発想が神。
この監督アンドレ・ウーヴレダルにゴジラ映画撮ってほしいわぁーーとか思ってたら
『ジェーン・ドゥの解剖』
『デメテル号最後の航海』
などのかたじゃないですかぁあ
ちゃんと出世してて笑う。
B級映画のヴィルヌーヴだね。

この手の映画は仲間割れしないだけで本当にストレスなく観ることができる。
お互いを何故かリスペクトし合う状態で正体不明の敵と戦うというストーリー展開だけで充分引き込まれる。
あー面白かった。
みんなもトロールハンター観なよ。

吸血鬼とか 狼男に噛まれたら 吸血鬼や狼男になるかもしれないと思うけどトロールに噛まれたら トロール に なるって はあんまり 思わない その差は何だろう。
トロールは体がでかいから、噛まれてもそこまででかくならないだろうってどこかで思うからなのだろうか。

★紅の豚
ジブリの作品の中で一番好きかもしれない。
おそらく 人は殺されたりしないだろうっていう風な安心感を最初の子供誘拐の場面で わからせて おきつつ ただ 戦闘機同士の 戦いは やはりハードなので 本当に人は死なないだろうか、大丈夫だろうかという風な ハラハラ感を味わわせつつ でもやっぱり最後まで 誰も殺されたり殺したりしなかったねという安心感もある。
登場人物が 全員 いろんな面でちょうどいい感じがした。
楽しんで作ったんだろうなぁ。

★エターナルズ
予想以上に良かった。
国際色豊かなキャスティング だし 性別や年齢や 体のことをもう 様々なバックグラウンドを持っている 俳優たちによって まさに多様性のあふれる 世界を 時空を超えて 表現しようとすると もはやかつての共通言語である英語はなりをひそめ、セリフは極力少なくなって 絵で 出来事やメッセージを伝えようとする これが身体表現や パフォーミングアーツ において 非常に 重要だし多用すべきものだと思うので その瞬間が何度もあったのが良かった。
広島の場面が 見る前から知っていたけど やはり ドキリとした
また敵を 倒すのではなくて あくまで眠らせて石にする 決着の付け方も 通常のマーベル 映画 では ない映画だと思うので むしろありだなと思った。
映画俳優のエターナルズは 最後に 戦いに戻ってきてくれるのかと思ったら そうでもなくて ちょっと がっかり。
マドンソクの作る パイは美味しそう。
とても美しい自然の風景と 誰かの横顔のシルエットでしっかり絵作りをしておきながら その直後には わけのわからない 気持ち悪いクリーチャーと ボコボコにやり合う 場面が 繰り返されて その点でも いい意味で期待を裏切られる。

★シュレック
予想以上にストレスなく観ることができるストーリー展開だった。終始人は見かけによらないというテーマでキャラ付けがなされている。んー、でもそれなら王子もディズニーに出てくる正統派イケメンにすればよかったのでは?

★白雪姫
当然 魔女 の参考にしたくて観た。
井戸の場面で水の波紋がうつっている場面があるけれどもあれは アニメーションじゃないの だとしたらどうやって撮影したのか考えも及ばないぐらいすごい。
何か 主体的に主人公が行動をしようとして何か行動してるわけではないが 周りに対する 段違いの性格の良さ が主人公を作っている。


★ピノキオ
人間は獣になる場面があるという理由で見た。
子供達は 学校に行かず 悪さばかりしているからという理由だけで 見かけは遊園地の収容所に行かされて 突然 ロバにされて 人身売買の餌食になる。 ロバになりたくないと言いながら その叫び声がだんだん ロバになって 箱の中に詰められて出荷されていく。
ある種その収容所は阿片窟であり 単純な木の人形が 最後には 人間になるというのも この 職人の老人が見た 狂気の夢ではないだろうか、とさえおもう。
そんなことはさておき 青の妖精によって ピノキオが 命を吹き込まれるのは もう少し間があった方が良かったのではないかと思うが それは現代人の時間感覚 かもしれない。
それに 美女と野獣の野獣が人間 体よりも野獣 の方が良かったという意見が多い のと同様に ピノキオ も 人間より 木の人形 の時の方が 可愛らしいかな と思ったが 人間になったら人間になったで可愛い。
悪さをしたり 嘘を ついたりするのは良くないよと言いながら クジラに飲み込まれた後にクジラの中で火事を起こしてくしゃみを発生させれば脱出できるかもしれないという発想は ピノキオが持っている 破壊的な思想 あるいは アヘン 窟で 本能的に学んだ 処世術 の 反映 かもしれず
本当に現状を打破したい場合は 道徳 一辺倒 だけではなく 非道徳的な破壊活動を せざるを得ないこともあるのだ 、
つまり 周囲からは悪影響と思われる環境の中でも学ぶことはあるという メッセージが込められているようにも思った
クジラが死ぬほど怖い 。
ピノキオたちを絶対に殺そうとしてくる

★コルドロン
ディズニーがドラクエ1、2あたりを映画化してみました的な魔王倒すぜ系ファンタジー映画。評価が低くて どうしたものかと思っていたが 主人公に中身がないからであるということがわかった。
人間の世界に憧れてたり、怖い顔だけど実は優しかったり、聡明だったり、自分から何かをしようという動機はなく、未来予知できる飼ってる豚が魔王再臨を予言したから倒しにいってこい、はいわかりました、みたいな感じなので主体性がない。
しかしながら初期のドラクエの主人公も似たようなものではないか。ディズニーにおける哲学的なテーマを求めず、ティム・バートンが監修した美術で展開されるRPGのような映画だと思えば軽い気持ちで楽しめる。
でもヴィランであるホーンドキングが弱すぎる。自業自得で地獄の釜に文字通り飛び込んでしまい倒される。そこは伝説の剣があるんだから勇気を出した主人公がぶったぎって倒すのがよかろう。まあ、シンデレラ城ミステリーツアーでそれは実現されるのだが。
台詞がとても少なく、しかも聞き取りやすい英語だったので途中は字幕がなくても楽しめる。

★吸血狼男
血を一滴も吸わないのになぜかこんな邦題になったのかわからないハマーフィルムの狼男。
子どもの時から人狼の運命を背負っているあたりガイ・エンドアの「パリの狼男」のベルトランをモチーフにしているのがわかって嬉しい。
主演のオリヴァー・リードはリドリー・スコットのグラディエーターの奴隷商人!
バロンのヴァルカン(遊馬サーマンのヴィーナスの旦那??)役でもあったらしいが覚えていない。
監督はテレンス・フィッシャー。ハマーフィルムのフランケンシュタインの逆襲や吸血鬼ドラキュラを創った人。
英語で見たのでところどころわからなくても、セリフが少なくても何が起きているのかしっかりわかる見せ方をしてくれるので親切なつくりになっている。
映画開始して1時間過ぎてからやっと最初の狼男への変身があり、その後もいざこざがあるが、最後の5分の大立ち回りはこの時代のものにしてはかなり激しく、アクロバティック。ガンガン建物の高いところへよじのぼり、火のついた松明で周りを燃やされても炎を怖がることなく燃えてるものを投げつけてくる。威嚇の声に何百人の民衆がビビり、怪物が衆生の中にいるというだけで一般民衆にとっては恐ろしいのだということを思い出させてくれる。
最後、父親に殺されるあたりはロンチェイニーJrのハリウッド版狼男からパクったかと思ったので、撃たれて死んで最後に人間に戻るパターンかと思いきや、人狼は目をかっぴらいたまま絶命するあたりも、なんか挑戦的。
てか、ハリウッドのユニバーサルスタジオで大半の場面撮っていると思う。


★ウルフウォーカー
ケルト民族の神話や 世界観を描いているからこそできる最高の人狼作品。
細かいところだけれども キリスト教に対する
怒りとか 疑念とか憎しみが垣間見えるのがとてもいい。 唯一神を想定する人間の欺瞞を見抜いている。
幸せになった家族の周りに 灰色の狼たちがうじゃうじゃいて幸せそうにしているなんて言う 絵面は おそらく今のハリウッド、 トランプが大統領になるような福音主義がのさばる 世界 では描くことはできないだろう。
なぜなら 狼は悪魔の手下だから。キリスト教の敵だから。
でも 本来は 我々は そういう 価値観 偏見から脱しなければならない。見た目と真実は違う。

★鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎
原作漫画を実家で読んでいたのでミイラとカエル女こそ鬼太郎の両親でなければ、と思っていたが犬神家の一族のような不穏なテイストと飄々とした目玉の親父のキャラに思わず引き込まれる。
近親相姦的なえぐい話があった直後に妖怪のバトルなどがあり、物語の進行のバランスも良い。幽霊の血を投与された人間も原作と同様のデザインで死人になっていた。
他者の自由を奪う者はやはり絶対の悪である。

★ピーターパン
ネイティブアメリカンやロンドンの女の子、妖精や人魚姫にまでモテまくる緑タイツを履いたちょいゲス顔の空飛ぶクズ男サディスト
(他人の手を切り落としワニに食わせるなど)の乱痴気騒ぎ。

ティンカーベルの動きを学びたかったがこんな奴に何度も舐めプされるフック船長がマジ不憫。
フック船長は
飛行タイプ&妖精付き&声帯模写&メッタクソモテる緑タイツ野郎に、片手を失っても真正面からほっそい剣で戦うただの人間。

しかも周りをトラウマであるワニが泳いでいるにも関わらず海賊としての矜持から決して海から逃げない本当の戦士の物語でした。

中盤でフック船長が一度ピーターパンに負けて ピーターパンが ティンカーベルと仲違いしたという情報を聞いて フック船長は再度復讐を誓う 中盤で敵が1回負けて 主人公の 周りのトラブルを利用して復讐を企てる というプロットは面白いと思った

ティンカーベルは腰を90度に曲げる 動きが多い そして何よりも早い。
ティンカーベルのデザインは本当に 攻めすぎていると思う 当時にしては。

★グッドフェローズ
マフィアと劇団って似てる。
金がかかったり最悪の場合、怪我をしたり命を落とすかもしれないという割に合わない作業を仕事と呼びなんか訳のわからない熱量で、常人には理解できないムーヴをかます集団という類似点がある。
音楽がいい。前のシーケンスの終わりくらいで次の曲がかかり始め、シームレスに次の場面に移行できる。
偵察してるヘリを気にしながらソース作りと薬物の売買をいったりきたりする場面は、あまりの多忙さで自分を観ているかのようで笑った。
デ・ニーロがデ・ニーロしてる演技をもっと観たかったが、それよりもジョー・ペシが158cmでありながらキャラが立っていて印象強く作品の中に存在していたところに謎の満足。

★爆走!狼男
勝手に ポイントが貯まってたので見た映画
ロードムービーに 狼男の要素が加わっている が 狼男が出てくるのは最後の5分だけでしかも ほとんど 画面が暗くてよく見えない
ただ 火をつけられて 燃える 狼男がバイクに乗って 疾走する瞬間が見れるのはこの映画だけかもしれない
冒頭に悪魔崇拝の儀式があってその儀式を暴走族たちが 乱入して 僧侶たちをぶん殴って中断させちゃう展開は ちょっと面白かった

★デトロイトメタルシティ
推し活に狂う現代において
推される人たちの苦悩や青年の成長を優しくオモロく描いている。
無駄な場面が一切なく見せ場とバイプレーヤー達によって誠実な人間味ある脚本が演じられている。
こんなにいい邦画だったっけ…?

★グラディエーター
2時間半があっという間のすごいものを見た。
スケールが大きい物語 を背負うキャラクターをたくさん見たかったのでとても満足している。
ホアキンフェニックスの皇帝がかわいそう。
父親にも姉にも 自分の子供 ぐらい可愛かった 姉の子 もみんな 自分が憎しみを持っている相手を愛しているので 味方が誰もいない。
そして最後は民衆も皇帝よりも 将軍を好きになってしまうので本当に孤独なまま死んでいく。
主人公のグラディエーターは 強さと 復讐心と 優しさ 思っているので どちらにも同じぐらい感情移入がしやすいと思う。
ドクター・フーのマスターを演じたデレク・ジャコビが出演していたりする。
強いものは 重いものを背負っていても どこかしら 心に余裕があるのだ。 微笑んでいるのだ。
ソード&サンダル
聖書や古典古代(Classical antiquity)の時代を舞台とし、神話や歴史の物語に基づくがおおまかで、不自然な筋を持つ冒険映画またはファンタジー映画のこと。

★アンタッチャブル
禁酒法は廃止になるそうですよ、次はどうします?

飲みに行くかな

という最後の台詞かっこよすぎて笑ってしまった。

アンディ・ガルシアが裏切りそうで裏切らずしっかり最後までかっこよくて純粋なのがよい。
アル・カポネを演じたデ・ニーロ目当てで観たが、ショーン・コネリーもケビン・コスナーもしっかりそれぞれのリーダーを演じてて元気をもらえた。
しかしネスは最後まで家族を守ってちゃっかり第二子も授かってるのがすごい。
 


★ザ・スーサイド・スクワッド
単なる血液と肉塊が激しめのドンパチ映画だと思っていたら、非常に強烈な、アメリカや世界への風刺映画としても高度ではないか、と感じた。コロナウイルスだったり、タリバンの問題だったり、いろんなことが現実とリンクしている。
ジェームズ・ガンの映画のなかで一番好き。ジェームズ・ガンがいろんなものを「全く信頼していない」ということも強く感じさせられた。(たったひとつ強く守られているもの、子どもを殺してはいけない、があるが、それは本当に大切なことだ)人命の価値が低い映画。最初は深作欣二のバトル・ロワイアルを彷彿とさせる展開だが、そこを通りすぎると、中学生の男子に大金渡して作らせたかのような、
「こまけえことはいいんだよ!」の連続で、その点も純粋に楽しめた。
タイカワイティティのところで何故かウルッとした。
自分の発想や創作における縛りなど、脳内リミッターを外してほしいなあ、と思ってて、期待どおりにぶち破ってくれたし、これまでにない素晴らしい思い付きもたくさん得られた。映画館という空間もそうさせる要因なのだと思う。
汚いものが綺麗に見える、いい映画だとおもう。
それにしても、六本木の人たちはエンドクレジットになるとすぐ帰る。半分いなくなった。日比谷ではこんなことは起きない。
あと、モルカー劇場版を体験してるせいか、上映前のCMなどで「PUIPUI」という音が鳴らないのが何故か寂しく感じる身体になってしまった。


★キングコング(ピーター・ジャクソン)
そこにいてはならないものの悲劇。
その側面がオリジナルよりもきちんと提示されていて、3時間20分あっという間だった。ハッタリ至上主義。命綱が切れたら、蝙蝠に捕まって飛んで逃げるという激しいハッタリ。それがないと物語ではない、といっていい。現実のリアルな感情?人間のどろどろした部分?それを主軸にやりたいのならドキュメンタリーを創ればいいのだ。絶対にあり得ないハッタリを何度狼男の物語として観ていたが、半魚人の物語にも通じるところがあった。
モンスターバースのコングは怒れるカミ的な神秘性を持っているが、ピーター・ジャクソンのキングコングはまさに野生の王者だ。そして人間と心を通わせる。狼男でもある。もかます。それが優れた物語だ。


★ザ・ヴォイド
ある意味、普通のグロモンスター映画だった。クリーチャーの造形もエッジが効いてないし。でも、不安な状態で見たので、そういう意味ではずっと見てたいなと思った。女性の役者さんでアジア系の俳優だけが生き残るのレアじゃね?

★メッセージ
現象学だ。
映画の一番最初に提示される主人公のシーケンスを、人は無意識に主人公の「過去」だと錯覚する。それはハイデガーが言うところの、全てのものは過去を持つという真理に添っているからだ。
ところが、それは過去であるとは限らない!
途中、普通のSFになりかけたけど、そこもヒッチコックが言うところの
テーブルの下の爆弾 のセオリーどおりにハラハラさせてくれた。
最後、チューしないのが、個人的にいいな、雰囲気を壊さないなって思った。

本当に引き込まれた、途中、自分の現実を忘れて画面に釘付けになったよ。

鳥を見る。鳥が普通に生きていることに気がついて防護服を取るところも見事だった

 

★ラマになった王様
藤原竜也の吹き替えがきつく、また前半のギャグも滑り続けているのだが、中盤から後半にかけてのジェットコースター的な畳み掛け(食堂の場面くらいがとても舞台演劇的にドアや人違いという舞台装置が機能している、なんと言語化すればいいかわからないくらい面白い)
と、王道の古典(ギリシャ神話やハムレット、リア王)を歩みつつの展開は素晴らしく、いつの間にか前のめりになってみてしまった。ディズニーで、主人公が信用できない、信頼できない語り手である物語は稀有ではないか?
悪い奴の手下が一番人間がしっかりしていた。途中でめちゃくちゃ頭よくなるの面白い。
そして何故かしっとりとしたエンディングが笑える。

 

★ガタカ
髪の毛を1本渡す、その行為のエロティシズムは、相手に肉体を受け渡すことであり、この映画のなかでは自分のDNAという肉体の中身を相手に差し出す行為であるから、エロティシズムがあるのだろう。
何ができて何ができないか、人間の可能性を決めつけるな、遺伝子がそうだからといって諦めるなという熱いメッセージが込められている。戻ることなんか考えずに全部の力を出し切るんだ。
遺伝子が完璧でも事故もするし。
目が見えなくても道路に飛び出す。そういう、危うくても自分の可能性を広げることが本当に大切だと思う。


★ヒート
すごくいい。良すぎて途中で壁を蹴ったら穴が開いてしまった。
アル・パチーノがより好きになった。
自分を愛した女はそこで立ち止まるが、自分を憎む男はどこまでも追いかけてくる。
そして、友情が生まれるのは、どちらかが死んだときだ。
あと、救急隊員が黒い手袋をはめてたりするだけで、ああ、なにかが起きると思わせることができる。異様なシンボルとしてのワンポイントの衣装のちから。
 

★人狼
やっぱ押井守はこうでなくちゃ。
殺される人の眼がちゃんと輝きが消えて死ぬのがよい。
殺伐してるのがよい。
なかなか感想がまとまらない。

★スリザー
なんでこんなもん観ちゃったかなあ。
ブラックユーモアなボディスナッチャーズ映画だった。スクリーム、エルム街の悪夢、ナイトオブザリビングデッド、フロムビヨンドあたりのオマージュは見つけられた。あと、スリザーのボスが遊星からの物体Xみたいでもあり、フォールアウトのケンタウロスやフォールアウト1のボスみたいでもあり、可もなく不可もなく。


★とびだせならせPUIPUIモルカー
上映時間が30分だと、4dでも千円で見られる

★チャイルド・プレイ(2019)
サクッと観たが無駄が全くなく面白かった。ポルターガイスト、ターミネーター、キャリーあたりのオマージュはわかった。たぶん他にも色々あったのかな。
いろんなオマージュがあると、リスペクト感が出てよい。
死んだと思った良い警官も生きてたし、主人公の母ちゃんはモテすぎてちょっとあれだけど、子供のことを真剣に考えてていいキャラクターだった。


★ゴッドファーザーpart3
華々しさや安らぎの影に必ず陰謀や緊迫感の糸が張り巡らされている。
自分の幸せが崩壊するかも知れない、いつ崩壊するかわからないまま生きて、闘うしかない恐怖を味わった、あるいは味わいながら生きている人間にとって、この物語は
「これは自分の物語だ」と思うだろう。
その緊迫感の糸はずっと、この映画を3時間近く支配していて、陰謀の全体像がわからなくてもずっと見続けてしまう。
そして、肉体的な死でしか安らぎを得られない殺伐とした真実が何度も見せつけられる。
人は、摂取した物語のなかに「これは自分のために創られた物語だ」と思う時に、感動する。

★存在のない子供たち
見終わって、15分たつけど、なにも言葉がない。笑顔だったのは最後の最後にやっと身分証明をもらえたときと、ガソリンスタンドで水浴びを久々に浴びてるときだけ。
そこの場面が印象強い。
なんというか、ゼロからのスタートどころか、マイナス1000の世界が、マイナス999になるのに、ここまで苦しまなければならないの。でもそれが現実の世界。
俺たちは、なんで、コロナごときで苦しんでいるつもりなのだろう。とまで思ってしまった。
神、親、家族。そういうものを宗教や道徳が押し付けてくる。
でも、その少年の目は、猜疑心と諦観で、それらを拒絶する。
むしろ、拒絶するその姿勢こそが本来あるべき姿なのだろう。世界がこうなってしまった今。
作劇的な面で、最後にカメラのシャッターが押される瞬間で、映画は終わる。
シャッターが押される=瞬間的な行為
上記の行為から生じた少年の笑顔をずーっと引き伸ばしてゆっくりフェードアウトして暗転する=永遠的な印象
瞬間的な行為に永遠性、持続性をもたらすことで、一枚絵(この映画ではまさにそうだけれど)で余韻のある終わりかたができる。
そこを目指したい。

★狼男
うーむ。最後のお父さんに殺されるところと、本能でおんなのひとに襲いかかってしまうところはよかった。しかし、モンスターとしてのとんでもない強さやアクロバティックさはフランケンシュタインやジキルとハイドより欠けるし、ビジュアル的にも半魚人と比べるとうーーむ、って感じ。
そして意外にも満月の夜縛りでの変身ではなく、なんとなく気持ちが高ぶると変身するらしい。ジプシーの老婆が助けたところや骨董品店のヒロインが駆け落ちするといいだす心理もよくわからないのでそこらへんはシナリオの力不足のような気がする。
それでも充分面白い。
そうそう、ダニー・エルフマンのバットマンのテーマみたいな音楽が流れていた!

★ウルフマン
獣を殺しても罪にはならず、人を殺せば罪になる。その境界はどこにある?
ノリノリで作ったんだなあということがわかる映画。
ベニチオ・デル・トロが富澤たけしのようでもインポッシブルの人にも見える。
開始10秒で狼男出てくるのには笑ったなあ。
ストーリーは予想通りの感じになるよ。
噛まれたら狼男になるというのが、なんとなく、狼男=本能への回帰というイメージと重なりAIDSの恐怖の影を引きずっているような感じがする。

変身するときに口や身体が裂けるところから血が出るのがよい。
あと狼男になったら一言も話さず暴れまわるのもよい。

★ウルフ
狼男同士が戦いあう展開は結構好きだし、
狼=野心ととらえているのも面白い。だけれども根幹の「狼男に噛まれる(あるいはセックスする)と狼男(あるいは狼女)になる」というルールがなぜか受け入れられない。
狼から噛まれて狼男になるのはなんとなくオーケーな感じがするんだけど。。。
狼男になる前のジャック・ニコルソンがだんだん狼に近づいて、野生や野心を取り戻していくところは面白かった。さすがジャック・ニコルソン。ヒロインがミシェル・ファイファーで、ジョーカーとキャットウーマンやんけと思ったが、半ばはグダッてちょっと退屈だった。

★狼男アメリカン
幕切れが結構あっけない。
スラップスティックなところもある。
狼男とゾンビの会話なんてなかなか見られないし、死者が殺されてボロボロのまんまヌッとでてくるところはシャイニングを連想した。
なんというか、村社会?ってかんじ。

★ハウリング
ハンバーグを焼いているエンドクレジットで終わる稀有な映画。
90分くらいで最初の45分は退屈なんだけど、最期の畳み掛けは食い入るように観てしまった。主人公が狼になっても猫っぽくてちょっとかわいい。
ジョン・ランディスはデビュー作『シュロック』で猿人スーツを作成してもらった特殊メイクアップ・アーティストのリック・ベイカーに『狼男アメリカン』の狼男メイクを依頼する。


 『シュロック』撮影中からすでにプロットや方向性について話をしていたこともあり、ベイカーは快諾するのだが、同時期に別の「狼男映画」の依頼も舞い込んでくる。ジョー・ダンテ監督の『ハウリング』(81)である。ベイカーは、ダンテとは『ピラニア』(78)で仕事をしたこともある若手有望株の弟子筋、ロブ・ボッティンを推し、自分は相談役にまわり『狼男アメリカン』に専念する。
 しかし、先行して作られた『ハウリング』を観てベイカーは驚愕することとなる。波打つ筋肉に変形する骨、薄暗い陰影を活かした映像、全身が映る場面はストップモーション・アニメで、こちらもファンタジックで見事な出来栄えだ。師匠としてコレを超えなければいけない。そんな使命感やプレッシャー、ライバル心からベイカーはハードルを上げる。

★キングコング
女優に、骸骨島にいかせる前に叫ばせる練習して、「何を見せるつもりなんだ?」と思わせる場面が巧いなと思った。
キングコングが女の人を木に乗せるところがカット割りが自然すぎてどうやって撮影したのかわからない。コマ撮りだけだと思っていたが、巨大なキングコングの模型のアップもあって、この映画がなければジュラシックパークも無かったんだろうなと思う。