主にハリポタ、ジブリなど。ネタバレしてるのであしからず

・ネバーセイ・ネバーアゲイン
最後の一瞬がやりたくてとったんじゃないかと思ってしまうような映画ww
あんまりボンドガールが多すぎるともうわけわからん
若き日のローワンアトキンソンが出ている。
小道具、ウォッカマティーニ、(マニーペニー、M、Q)とたぶんワルサーPPKが出てくるとすごくうれしいんだけど
それはもう映画そのものの楽しみとは違うかな。
悪ガキがそのまんま大人になったみたいな顔した奴が敵。ブロフェルドであるマックス・フォン・シドーとの直接対決はお預け。
でも、おなじみの名乗りをする場面では、なんかショーンコネリーが若返ったように感じた。印象的だった。
ジェームズボンドの道化性。「私が一番いい女だったと認めなさい!」「・・・いや、別に・・・」みたいなところはやっぱりショーンコネリーにしかできないと思った。

・風の谷のナウシカ
ジブリは苦手です。好きではありません。頭痛くなってきた。二時間もいる??これ・・・
ところどころよかったのは、アクションと爆破。ホラーアクションものとして観れる部分はあった。
テーマ自体はなんか、弱くてかわいそうな一般民衆と、悪くて強力なやつら、っていうわかりやすいに分割がほんとに嫌だった。
そんなのは、ロシアより愛をこめて、が20年前くらいに華麗に飛び越えた部分なのになあ。

共通の敵を作ると、いがみ合っていた者同士が仲良くなる
弱い者いじめは許さない、許されない
そーゆーお決まりごとがポンポンと出てくる。
主人公に全く感情移入できなかった。
あーわかった。僕がジブリ嫌いなのは、主人公がほとんどまっすぐなやつだからだ。
どこかで、正しいことを言って、正しいことをしている自分ってきれいでかっこいいでしょ
みたいなことを、ジブリ映画の主人公は、のっぺりした塗り方の顔で言っている。それがほんとにいやな、不快な気持ちになる。
そーゆー正しいもの、正義じみたものを押し付けてくる感じがほんとに、古臭くて、ありきたりだな、と思う。
あと、たまにいう冗談みたいなものがつまんねーし。
前からジブリは好きではないのですが、ただで見れる環境なので、今度はラピュタを見ます。
この二つ観ておけば、誰かとジブリの話するときに、少しはついていけそうだから、見るというのが本音です。

・天空の城ラピュタ
面白かった!ユーモアとアクションがハイテンション、ハイテンポで進んでいく。
結局、アクションムービーだから、その方向性は間違ってないのだ。
いろいろ、ネタにおもちゃにされてきた部分が出ると笑ってしまうし、ナウシカのセルフパロディのような部分もあってへんなとこで笑っちゃった。
ディズニーは、あるいはその作品群は、どんな優秀な心理医よりも世界中の人々の心を癒しを与えたといわれている、し、僕もその患者の一人だった。たぶん今もそう。
だが、ジブリってそんなこと言われないね。
ラピュタに入ることができる、という部分がすごく引き付けられる。どんな条件があって、島はどんな意思を持つんだろう。島が意思を持つという考えは全然思ってもみないことだった。
ユングの元型の、教科書的な世界樹モチーフは、なんかそこでうがった見方をしてしまう。
こーゆー人間が最初から共通に持ってるイメージだしときゃ、みんな自然と受け入れるだろう、みたいなうがった見方を僕はしてしまう。し、事実その戦略は正しかったわけだ。
正義側が自然を壊しても、許される。なぜなら自然の治癒力によって再生可能な破壊だから。
悪党が壊す自然は、許されない。再生不可能だから。つーことは、自然対人間の戦いでは、人間の善悪が決まるのは、結果論的にでしかわからないのではないだろうか。
優しさと矜持の世界。
007の中では、アクションが終わった後に、ジェームズボンドが一言、ブリティッシュジョークをかます。
しかしながら、よくネタにされるドーラの言葉は戦いが始まる予兆として発せられる。この点がほんとに興味深い。まるで、死ににいく者の勇気のような。
戦いに身を投じる者の言葉、アメリカの軍隊でも、戦闘開始の前に、ジョークで鼓舞する。それに似ている気がする。
絵やせりふなどの、雑さ・粗さ、きめこまやかさ、丁寧さは、僕にとってどっちも同じ価値しか持たないことがわかった。その代り、ストーリーだけは大事にすべきだという
価値観も自分には強くあるようだ。だって、絵がきれいって言われても、そーね、しかいえないんだもんwww

・ハリーポッターと賢者の石
脇役の俳優たちがみなすごい人ばかり。特に、最初の、デブな息子たちの家族。あんだけ悪さしても憎めないような演技をするのはなかなか、珍しいし飽きさせない。
手作り感がほんとにいい。2001年に作られたっていうこの事実。1995年の「学校の怪談」シリーズも相当SFXにこだわってて、ハリウッドとかに見劣りしない特撮だった。
1999年にはSWのファントムメナスがあって、それもまた、僕はとても好きだった。CGと手作り感がミックスされてたから。
思えば、ハムナプトラあたりから、手作り感みたいなのが失われて行って、CG全開の時代が来たようにも思う。
イギリス文化が生んだ、シャーロックも、ハリポタも、ダウントンアビーまで、日本ではフィーチャーされているのに、
なんで、ドクターフーだけは受け入れられてないんだ、文化的市民権を得られてないんだろう・・・
今回の敵に関して、ほんとにいいアイデアが思いついた。一筋縄ではいかないのがイギリスのフィクションだと思う。
一瞬思いをかすめたのは、自分は学校とか、ある共同体の中で中心だったことがあったか?ということである。
確かに数回はある。でもこの映画では、毎日、主人公が学校のヒーローのようだ。
でも、この映画のすごいところはそこにあって
性格の悪い僕でさえ、やっかみとか、ひねくれた感情を主人公に抱かせないのは、なんか相当すごく大変なことになりそうなことが
目に見えているからだとおもう。とすると、称賛や名誉みたいな次元とは全く違う戦い
彼の小さな体には命をかけた戦いが待っていることを予感させるから、主人公を好きになってしまうのではないかな、と思った。

・ハリーポッターと秘密の部屋
原題がCHAMBER OF SECRETS なのだから、「秘密の棺」ではないか??
それにしても、なんであの意地悪家族は、ハリーをホグワーツにいかせないようにしてるんだwww
むしろ、魔法の国のほうにずっといてもらったほうがいいんじゃね??
「口が滑った」すごくいい表現だと思う。
ディティールにほんとにこだわっているのがよっくわかった。2時間40分あっという間だった。
ディティールに神が宿り、くだらないもの、ぽっと出のものにこそ大事な伏線が込められているし
伏線を込めていいのだと思う。
「殺せ・・・殺せ・・・」みたいな言葉がたくさん出てくるが、児童書も、ついにこのレベルまで許せるような、いい時代になったのだなあと思う。
書き手もいろいろと自由にやれるだろう。セックスのことは、児童書にはなかなか直接には書けないけれども、殺人や暴力は書くことができるということなんだろうな。
出てくるご飯が全部うまそう。飯テロ映画。
謎のプリンスっていうのはトムリドルのことなの??わからん。
ファンタジー推理小説を読んでいるような感じだった。
CGが、あのマスク2のような感じから抜け出して(? 人間をCGでつくるとゴム人間みたいになる感じ)SWエピソード2のようなかんじになった。
でも記憶としては、エピソード2のCGってすごく作り物感あったきがするなあ。
でもとにかく面白い!!

・ハリーポッターとアズカバンの囚人
映画館で観た覚えがある。多分あの時はほとんど理解せず見てた。
映画のつくりとして、とても文学的だと思った。想像させることがおおい。
説明はほとんどなく、描写で勝負している感じだった。
小説で例えるなら、一文一文に、はっきりと意図が読み取れる描写がある、そんな感じ。
でもそういうものを読むと、ニヤリとさせられるし、ああ、そういうことだったのね
と思えて、いいと思う。
アズカバンの囚人は、2時間くらいしないと出てこないまだこの時点では、ハリーたちは13歳。
あんな13歳いるか!!
授業の掛け持ちのためにタイムトラベルを許すような学校だから、やばい魔法使いたちに付け入るスキを与えているような気がするwww
授業の掛け持ちできたら、英語の教員免許も取れたなあ・・・でも、履修登録するときできないわ。
音楽がジョンウィリアムズだということにやっと気づいた。
あと、監督が変わった。

・ハリーポッターと炎のゴブレット
BIGGER ON  INSIDE(テント的な意味で)
こんな配役だったら、全然集中できないわ、なんでタイムロードとMがいるんだwwwあとJJJも
どこの国にもいじめはある。魔法の国にもいじめがある・・・
だんだん話が暗くなってきたな。舞踏会のくだりはどうでもよかったけど、やっぱり面白かった。
ムーディー先生はどこらへんで入れ替わったんだろう。
不死鳥の騎士団、謎のプリンス、おもしろいの???
デイビッドテナントとハリーの一騎打ちがあれば最高だったのに!!!!!

・ハリーポッターと不死鳥の騎士団
あの電話ボックス、青いやつだったらもう確信犯だな。
キス童貞卒業の話。ダニエルラドクリフ自体すこし背が小さめ・・・??
自分の次の世代にぜひ見せたいと思った。
次の世代がかわいそうだ、と思うのは勝手だが
かわいそうだと思うのはあくまで自分たち古い世代の感傷なのであって、次の世代が自分で決めたことに対しては口出ししてはならないと思った。
単なる自分の感情を人に押し付けないこと。
・・・なんか日本でのプロモーションが大体この作品あたりから消極的になっていったような感じがあるのがわかる気がするなあ。
官僚とマスコミの関係、新聞も堂々と間違ったことをいうよ、というメッセージが何度も繰り返されるからだろうね。
魔法とは、現代の科学では再現立証不可能なことを「科学的方法よりもたやすく」行うことなのだろう。
うまり、空間の拡縮、時間の不可逆性などを「部屋増やしの呪文」なんかで簡単にやってしまう、そういうのを魔法というんだろう。
あと、重力とかね、「空中浮遊の術」みたいなラベリングでさらりとやっちゃう。
科学的原理、メカニズムのようなものは、魔法にはなくて、自分の心がどう感じてどう思っているか、どれくらい強く思っているか
これが決め手となるみたいだ。パワーの源みたいなものは、この物語の場合、自分の両親や友人たちだったりするけれども
何かの神に帰依してパワーを得るみたいなことはしない。自分を信じる力のようなものが一等にある。
その代わり、科学が下位にあるかというとそうでもないみたい。スマホとかあれば、楽なのにと思うけど。
科学が下位にあるのではなく、普通の人間がこの物語では下位にある。
普通の人間は魔法の世界を知らないので、普通の人間界という1つの世界しか知らない。
でも魔法の世界の人間はマグルの世界をも知っているので普通の人間よりも多く世界を知っている。

・ハリーポッターと謎のプリンス
謎のプリンスの正体わかるの遅すぎるww
アニミズムも、魔法的な部分、呪術的な部分になるだろう。ギャグや人名や地名は笑えるものだといい。
「血を争わない」と、良くも悪くも、同じ運命をたどってしまう。血は争うべきなんだろう。
それを許す必要もあるのだろう。魔法の世界の中にも電波な人がいて、たぶんそれは「強引なこじつけ」を大事にしているのだと思う
だから、なんかプラスチックでできたドレスとか、大西ライオンみたいな被り物をしてるんじゃないか?小説読んでないけど。
そういう「強引なこじつけを重視し、なおかつ実行する」というのは一つの個性なんだと思う。これは新しい発見だ。
でもやっぱ、ヴォルデモートはアホだな。
アズカバンにいるドクターをなんで脱獄させなかったのか・・・!!!そしたらリアルタイムで映画館に行ったのに!!!!

・ハリーポッターと死の秘宝PART1&2
ちょっとうるっときそうになったけど、どちらかというと感動よりも感心させられるシナリオ作りになってるのね。感動ではないかな。映画を見すぎたからかもしれないけど。
ヴォルデモートがなんであんなに萌えキャラになってるかよっくわかった。だっておばかあさんなんだもん。
自分でもハリーの死亡を確認しなさい!wwwwそしたら結構うまくいったでしょうが!wwww
ドラコの家族が逃げてもちゃんと生きていることにすこし安堵した。逃げてもいい戦ってもいい、という姿勢。
ダンブルドアが意外と陰のあるキャラだったんだな、と思った。
10年分を一週間くらいで見てしまったので、なんだかあれだけど、ハリーポッターのキャラではルーナが一番見ていて面白かった。きっとlunaticsのルーナだろうな。
血や宿命とどうやって争っていくか、そのためにはどんな知識とモノが必要だろうか。そーゆーすごく面白いテーマの映画だったと思う。
あと嘆きのマートルもすごくすき。あれは小さいころのダニエルラドクリフが女装しているような、そんな印象しか受けないww
まー、これで、ハリポタ好きな人とも、映画では話ができるだろう・・・