ないはずの姿を探す。
歩いて5秒。母屋に風呂、洗濯、
じいちゃんに会いに行く。
ばあちゃんの姿を探す。
遺影の写真はニコニコ笑顔。
今にも喋り出すんじゃないかって
思うくらい元気な笑顔。
ドアを開けて玄関に上がる。
いつもの声を期待する。
やっぱりいない。
夜は更にそれを感じる。
どこを歩き回っても
姿、形、見当たらない。
いつ挨拶しても
その笑顔は変わらず
なにも返ってこない。
おやすみの挨拶をしてドアを開ける。
呼び止める声がしない。
幼い頃は一瞬外に出るだけなのに
一瞬が怖くて、家に入るまで
母屋の玄関で見守ってくれてたな…
で母屋の玄関に向かって
も一回お休みって挨拶して
ばあちゃんが母屋の鍵を閉める。
それが日課だった幼い頃。
じいちゃんはもう寝てるから
当たり前だが「おやすみ」
って言ってもなんの返事もない。
外から鍵を閉めて、
家に歩く。振り返って見る。
玄関にもお縁にもやっぱり姿はない。
大切な存在を失う事が
こんなにも苦しいことか。
じいちゃんはもっと苦しい。
約60年歩んできた。
その存在が一瞬で消える。
あたしたちが支えるしかないんだ。
いつまでもくよくよできない。
前に進まなければ。
ばあちゃん見守ってくれてるかな?
ばあちゃんの姿は見えないけど
存在はずっと心に生きてます。
もうすぐもう1人の大切な人の命日。
その子の年はとっくに越えたけど、
あたしにとっての憧れ、
いいお姉ちゃん的存在。
生きたくても生きれなかった、
そんな人たちのためにも
毎日を無駄にしないように
後悔しないように生きる。
今こうやって生活できてることが
幸せでしょうがない。
ありがとう。