現代では人と人とのコミュニケーションがさまざまなツールを通して、地域や国、立場を問わずに広がっている。どのような立場、仕事、関係であれ人はかならず誰かと一緒に仕事をしたり、すごしたり、くらしたりしている。
とくに、ジャーナリストや教師、医療関係者などは人と接する機会の多い仕事であろう。
私が所属しているジャーナリズム同好会では、地域や人と『寄り添う』ジャーナリズムを目指そうとしている。しかし、『寄り添う』といってもこの言葉をどのような意味で受け取るのかはひとそれぞれであり、それは今までの人生や仕事がおおきく関わってくる。
私が言う『寄り添う』とだれかの『寄り添う』は違うものである。そこで、どのように『寄り添う』という言葉ノ意味をうけとっているのか、自分がかんが得る以外にどのような意味があるのか。それを聞いていこうと思う。
まず、私の考えている『寄り添う』とはどのようなものがあるのか今回は書いていく。
『寄り添う』、この言葉を聞いて思い浮かべるのは誰かと一緒にいることだ。たとえば、長年一緒にいる夫婦や会社の社員同士、患者と看病されるものといった関係だ。
これ以外にも『寄り添う』にあいそうな関係はあるだろうが、これらのどれも自分にとっては「一緒に行動し、どんなときも一緒に乗り越える努力をし、互いに支えあう関係を築くこと、または築いていること」が共通していることである。
つまり、私にとって『寄り添う』とは「一緒に行動し、つらい時も楽しいときなどどんなときも一緒に乗り越える努力をし、乗り越え、互いに支えあう関係を築いていき、またもう築いていること」である。
一緒に、なにかをするという印象が強いのだが、『寄り添う』ときくとどうしても二人や数人で一緒にいることが思い浮かんでしまう。
水面を一緒に泳いでいるかもの夫婦であったり、一緒に買い物をしている夫婦や親子であったり、または親とその介護をしている人、こういった関係を築いていることが私にとっての『寄り添う』なのである。
今回は私の考える『よりそう』とはなにかを書いたが、次は自分の周りにいる人、聞いてみたいとおもった人から聞いたそれぞれの人たちの『寄り添う』を紹介したいと思う。