平成28年1月某日
不眠と体調不良が続くなか、反応の無かった息子の意識が戻りました。
妻と僕の両親、キム・ベイジンガー
そして、担当の先生皆涙を流し喜んでいたのを覚えていますが、僕はそのとき、保育器の小さな赤ちゃんを前に項垂れる名も知らぬ父親の丸まった背中をずぅっと凝視していました。
面会の帰り、今振り返ると、妻も僕の両親も軽い躁状態だったのか、途切れない会話のキャッチボールが繰り返されるのを聴きながら、僕は僕で、道端で爆発し、身体がバラバラになり、臓物と共々四散する自分を見ながら笑っていました。
息子の面会、一週間目くらいに、一人の看護師さんが、僕だけ別室に招き入れられました。とても快闊な看護師さんだったのに、僕の前に座り、落ち着いた声で「○○さん、眠れていますか?」と聞いてきました。
後にいくつかの質問をされ、気がついたら、さめざめと泣き僕は「もう死にたい」と力無く呟いていました。僕の異変に気付いてくれたのは、妻でもキムベイジンガーでも両親でもなく、看護師さんだったのでした。
その日、息子が自発呼吸を始めたのでした。
続きはまた後で。