新しい年号 令和にかわりましたね。
鬱病の自分としては、正直どうでも良いですが、行政の書類を書く際に、令和なら書きやすくて良かったと思うくらいですかね。
本日5月1日の前日、令和またぎにとテレビが変な特番組んで騒いでまして、気の小さい私は訝しい顔で妻の観たいテレビを一緒に眺めていたら
あれ?とある局が出産間近の親御さんに取材するとのこと。
不安と不穏が私の中で膨れ上がりました。
赤ちゃんの出産前、不安と期待の狭間で待つ親御さんの心境を理解しつつも、もし無事に産まれなかったら?と胸が軋みました。
三年間、私は目の前で息をしない息子が出てきた瞬間の記憶がよみがえりました。
出産は人生における素晴らしい出来事である反面、様々なトラブルに直面するのです。
呼吸、心拍がなく、または早産となり死産してしまったり、蘇生で息を吹き返しても、脳の低温療法で安静を必要とする赤ちゃんなど、様々な嬉しさ悲しみのグラデーションがあるのです。
私の観たお母様は無事に元気な赤ちゃんを抱きしめ、テレビの取材に応じていましたが…
もし、トラブルがおきたとき、テレビはありのままを報じたでしょうか?
テレビは出産を軽んじているようにしか、私は感じられません。
最後に、私の息子を見ながら、言葉をつくしもうしあけたいのです。
新しい時代に、多くの赤ちゃんが、この世に生を受けたでしょう。
もしかしたら、命の危険を乗り越え、それでも不安な気持ちを抱えながらまつ親御さんもいるでしょう。
そして、悲しみの淵にいる家族もいるでしょう。
赤ちゃんの泣き声をきけなかった親御さんに言いたいのは、お腹に宿した赤ちゃんは、母体の中で、多くの愛情をそそがれた事実は紛れもない真実であり、そこに愛がありました。
時代の変わる間に出産に望んだお母様、ご家族、生を受けた、また治療にある、天に召された、すべての赤ちゃんに祝福と、永劫無極の安寧を祈ります。
おめでとうございます。ありがとうございます。
ではまた。