40歳を越えて看護学校に入学し、浪人生活を合わせて6年間かけて助産師になりました。このブログは助産学校在学中から暗黒の新人助産師時代を経て現在に至るまでの記録です。
現在は山形県でゆる~く看護師をしています。
たま~に誰かの心が軽くなればと、幼少期の性被害の経験やそれでも今は幸せに生きてるぜっ✨とお話をさせていただくこともあります。
中学駅伝の朝練、何故か全く違う場所にひとり向かい、誰も来ないと不思議に思いながら待ち続け、ガッツリ学校に遅刻した娘を可愛いと思う阿部ゆう子です
♥️娘さんが学校に来ていませんと電話があったぜ。ワイルドだろう?

山形で他の方(性被害経験者)のセミナーに参加して、興味本位で参加したと平気で言う気色悪いオッサンの無神経な登壇者への質問に辟易したこともある。
女性限定にしたら「何でだ💢」とクレームを入れる有名なオッサンのいる山形で、あえて私も女性限定にした。
私は男性も今の時代に対応した性に関する学びを深めるべきだと思っている。
そして、その方自身も勉強家で性教育を実践されている、とても素敵なジェントルマン✨も存じ上げている。
それでも、私は私の話を上記のようなオッサンに聴きに来て欲しくない。
真剣に聴きに来てくれた女性たちを不快にさせたり、人によっては恐怖を感じさせるようなことは絶対に避けたい。
差別ではない区別だ、と私は言い切る。
時代は変わった、人の意識も変わってきている。
でも、その速度は個人差がとても大きい。
地域差も信じられないくらい大きい。
私のやっていることは、多くの人を幸せにはしないだろう。
でも、多くの人を幸せにするやり方では救えない誰かの未来に、笑顔を増やすことができるかもしれない。
ま、コツコツとやってみて、結果を見る前に私はこの世を卒業しているかもしれない。
それでも、なにもしないで愚痴や批判だけよりは良いかもしれない。
山形に来てはや6年目に突入している。
山形に来て助産師として最初と2つ目に就職した先の、こっぴどくイビってくれた先輩方には本当に感謝している。
彼女たちが居なければ、私は絶対に今のような人生を歩んではいない。
これがイジワルな先輩方に感謝している2つ目の理由だ。
きっと普通に何となく助産師として赤ちゃんを取り上げたり、お母さんと関わったりしているだろう。
何となく助産師としての自分に満足して、心にどす黒い闇を抱えたまま、今でも母のことを恨んでいたに違いない。
死んでまで娘に恨まれ続ける母親ってどうよ。
いや、違う。
すでに死んだ母親を恨み続ける私は、想像を絶するくらい不幸だよ。
死んでも死にきれないよ、マジで![]()
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私がどう行動したことで、結果的に過去の呪縛から解放されたのか。
どういう心の持ち方で行動することで、自分を好きになり、人生が楽しくなったのか。
辛いときにどういう行動が私の心を軽くしたか。
あとは、モノゴトの捉え方というか俯瞰した……離れた場所からの視点の大切さのお話もしたいな。
頭で考えすぎず行動するコツとかも。
教科書にも書いてあるような教育的要素はゼロです。
なんかよくわからんスピリチュアルとかマインドとか宗教とかそういうのでもなく、ただ、経験談としてお話しします。
お近くにお住まいの方、宜しければご参加下さい。
私がとても喜びます
♥️