GHQの米軍人。
昭和生まれの人ならGHQと聞けばわかると思いますが
敗戦した日本に来た泣く子も黙る進駐軍
と言われた米軍の総司令部です。
GHQの一員として海軍の提督、アーレイ・バークが日本に来ました。

出典:小野石材店
彼は帝国ホテルに来ると、従業員が「お荷物をお持ちいたします」と言うと
「やめろ。俺には、最低限のこと以外は関わるな!」![]()
戦争では、ハワイで親友を亡くして
それからの戦いでも多くの部下を殺された日本を
「ジャップ」「イエローモンキー」と呼び
とても憎んでいました。![]()
だから日本人の従業員が関わることは嫌がって
話もしませんでした。

そんな彼が、殺風景な部屋に
せめてと一輪の花を買ってコップに差しました。![]()
その花が意外な展開を引き起こします。
次の日、バーク提督が帰ってみると
花がコップから花瓶に移されていたのです。
提督はフロントに行って
「余計なことをするな!」
と怒りました。
しかし、そんな指示を出していないホテルは
困惑するだけでした。
そして翌日には新しい花が・・・
その後も花が増えて部屋は![]()
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華やかにしていったのです。
ついにバークが追求してホテルが探して
部屋を担当している女性従業員を見つけました。
「何故、こんなことをしたのか?」![]()
「お花を好きだと思いまして・・・」![]()
「じゃあ、花の代金を払おう」![]()
そう言って、お金を渡そうとしました。
しかし彼女は
「お金は受け取りません。![]()
お客様に気持ちよく過ごして
いただきたいと思っただけなんです」![]()
彼女の態度に、彼は彼女と話をし・・・![]()
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彼女も戦争未亡人であること・・・![]()
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そして夫はバーク提督と同じ駆逐艦に乗り
ソロモン海戦で亡くなったことを知りました。![]()
「私が殺したのかもしれない」![]()
そう彼は彼女に謝りました。
しかし彼女は毅然と
「もし提督が何もしなければ
夫でなく、提督が亡くなっていたでしょう。![]()
戦争では、誰も悪いわけではありません。」
彼は彼女の言葉に驚きました。![]()
「俺は日本人を憎んで、憎んでいました。
彼女は、そんな俺をできる限りのもてなしをしている。
日本人の心意気と礼儀を知った」![]()
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こうして彼の日本人に対する見方を変えたのです。
やがて彼が亡くなった後に
東日本大震災が起こりました。
そしてトモダチ作戦で韓国に向かっていた空母を
急遽、日本に向かわせて、一番早く救援に達したのです。

出典:ウィキペディア
その空母の艦長はアーレイ・バークの孫
の
海軍大佐トム・バークでした。
彼は現地にヘリコプターで行きました。
こういう被災地では、住民の食料の取り合いが始まります。
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しかし、東北地方はヘリ着陸の目印「H]が書いてありました。
そして、着陸するとみんなが荷物を下ろすのを手伝って
終わると「ありがとう」と礼を言い見送くるのです。
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これには世界で救援活動をしてきて
見たこともない景色でした。
それだけではなく、
「うちの分は、もう結構です。
残りの分は、他の困っている避難所に届けてください」
そんな言葉を言われるとはトム大佐はビックリ!![]()
彼は米国に帰って家族にその話をしましたが
きっと祖父のアーレイ・バークも
天国で喜んでいたでしょう。![]()
日本人であることを誇りに思いますね。
私も「人を思いやる心」を持ちたいです。
なお、これは次のYoutubeから抜粋した記事です。
そちらには、もっと詳しく良い話が描かれます。
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