日本とトルコは美談に美談で返すという、美しい国交をしています。
しかし、それを裏切ったのも日本です。![]()
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これは、日本人なら知っておいて欲しい話です。
初めの美談はエルトゥールル号遭難事件です。
出典:Wikipedia
1890年9月にトルコの軍艦「エルトゥールル号」が難破しました。
流れ着いた生存者を大島村(現在の串本町)の住民たちは救助しました。![]()
衝撃的なニュースに、日本中から義捐金や弔慰金も寄せら、日本国として彼らを暖かく受け入れたのです。
そして回復した彼らをトルコまで送り帰してあげたのは![]()
トルコの小学校の教科書にも載っている美談です。
トルコが返した美談は、約100年後の1985年3月19日にありました。
48時間の猶予期限以降にイラン上空を飛ぶ航空機は、
無差別に攻撃するとフセイン大統領が突如宣言しました。
各国は自国の航空会社や軍の救援機によってイランから脱出していった。
しかし日本は日本航空も自衛隊も飛行機を飛ばせなかったのです。
その時に助けてくれたのがトルコです。
トルコは、なんと自分の国民は降ろして陸路で引揚げさせ、日本人達をトルコの飛行機でイラン外へ運んでくれたのです。

エルトゥールル号の恩を忘れずに、それをきっちりと恩を恩で返すトルコも素晴らしいですね。
ここまでは美しい話です。
こうした友情を持った国交を続けたいと思いますね。
ところが、トルコの友情を裏切ったのです。![]()
日本ではトルコの英雄ケマル・パシャのことを!
なんと、失礼なことを・・・・
1996年に開いたトルコ文化村には
トルコの英雄ケマル・パシャ像が寄贈されたのです。
ところが2005年に文化村が閉村になってしまいました。
そしてケマル・パシャ像を処分に困ったのか、
草むらに横倒しに、
風雨にさらされる状態に
放ってしまうことをしてしまったのです。
こういうことをされたトルコの感情はどうでしょうか?
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2007年にはトルコ大使館から移設要請があり、
結局2010年にはエルトゥールル号で救助をした串本町へ移されました。
日本人は素晴らしい。
日本はいい国だ。
そんな声を、たくさん聞きます。
それはとても嬉しいことです。
でも、日本人は油断大敵という言葉を忘れていないでしょうか?
日本製品は最高だ!
そう言われて誇りを持っていました。
しかし、
- テレビなどの白物家電製品

- 携帯電話

- パソコン

など、油断した多くの製品は
今は、韓国や中国に変わられてしまいました。
それらより、さらに大事だと思うのは
日本と日本人の評判ではないでしょうか?
今、信頼を得ているからといって
油断や傲慢がそれを壊すこともあります。
謙虚な姿勢を日本人として持ちたいですね。